ボスニア・ヘルツェゴビナ(旧ユーゴスラヴィア)
サラエヴォ
Sarajevo, Bosnia and Herzegovina
サラエヴォ包囲の歴史が残る街。
オリンピックミュージアムでは、サラエヴォ五輪公式キャラクター「ヴチコ」と写真を撮れる。

ここで注目したいのは、この街では、そんな平和の記憶と戦争の記憶がなぜかとても近いところに位置していることである。土産物屋では、五輪の多幸感溢れる写真と包囲戦の悲惨な写真が、同じように懐かしの絵葉書として並んで商品になっている。(1 章、57 頁より)

ヴィシェグラード
Visegrad,Bosnia and Herzegovina
ユーゴスラヴィアのノーベル賞作家、イヴォ・アンドリッチの代表作『ドリナの橋』はこの街を舞台に生みだされた。

メフメト・パシャは辺境の少数民族の出身であったにもかかわらず、多民族帝国の頂点にのぼり詰め、歴史に残る名建築を故郷に残した。アンドリッチの『ドリナの橋』は、そんな橋を語りの結節点に使った4世紀 にわたる長い年代記である。(1 章、117-118 頁より)

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クロアチア(旧ユーゴスラヴィア)
ドゥブロヴニク
Dubrovnik, Croatia
アドリア海沿岸の美しい城塞都市。その背後にある山のなかに、祖国戦争博物館がある。

予想は外れた。[……]ユーゴスラヴィアやクロアチアといった大きな枠組みで内戦の意義を語るものではなく、あくまでもドゥブロヴニクの歴史のなかで、そこに住む市民の共通経験として戦争を語る博物館だったのである。(1 章、148 頁)

セルビア(旧ユーゴスラヴィア)
ベオグラード
Beograd, Serbia
かつて、ユーゴスラヴィアで大きな影響力を持った、政治家のティトーに関する施設が点在。ティトーの墓近くの博物館には、彼の誕生日に毎年おくられた沢山のバトンが並ぶ。

バルカン半島は 民 族が入り組んでいるうえ、豊かな北部と貧しい南 部の経済格 差も激しかった。それを強引にまとめていたのがティトー個人のカリスマであり、パルチザンの神話だったが、それゆえに逆に彼の死は国家の統一性を大きく揺るがすことになった。(1 章、33 頁より)














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