連載飛び魚と毒薬第12回

「亡命時代」(1) 飛び魚と毒薬(12)|石田英敬

2025年5月12日
webゲンロン 2025年5月12日 配信

おまえはこの瞬間をどう考えるか。

瞬間というこの門もすでに──あったことがあるにちがいないのではないか

(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第三部「幻影と謎」)[★1]

 

 ぼく自身の「亡命時代」について今回は語る番だ。

 第10回で語ったような出来事があって、1975年7月からパリに「亡命」した。この言葉は自分では当時は使ってはいなかったのだが、後年、渡辺守章先生が、「イシダはその頃亡命していたんだよね」と、その時代に話が及ぶ機会ごとにおっしゃるようになって、自分でもこの語を採用した次第。使っているうちに、けっこう馴染んだ感じがするようになって、それ以後使っている。モリアキ先生[★2]から付けていただいた「伝記素ビオグラフェーム」の名。他者を経由してこそ、名づけは定着するのかもしれない。

幽閉生活

 1974年1月の事件直後に武庫之荘の家に戻り、特別な機会を除いては(事件の事情聴取とかだが)、秋になるまで家から一歩も外に出られなかった。端的に命の危険があった。当時内ゲバは、ますます激しさを増していたし、世の中は爆弾事件とかさまざまな物騒な事件が起こっていた。

 

★1 ニーチェ『ツァラトゥストラ』、手塚富雄訳、中公文庫、350頁。この手塚富雄訳は私が読んだ1971年頃は中央公論社『世界の名著 ニーチェ』の巻に、『悲劇の誕生』西尾幹二訳とともに収録されていた。
★2 渡辺守章先生は、この後、大学院時代からぼく自身のメンターとして先生が4年前に亡くなるまで公私ともにたいへん親しくご指導いただいた人生の師なので、この連載では親しみを込めてモリアキ先生と呼ばせていただく。人生をとおしてそのように呼ばせていただいていた。
★3 Mallarmé, Stéphane, Œuvres complètes II, Gallimard, coll. La Pléiade, 2003, p.672.
★4 リンガフォン(Linguaphone)は1920年代(厳密には1901年に始まったという記録もある)に英国で創設された語学教材ブランドで、ネイティブ音声による自己学習方式を特徴とする。英語のみならず、フランス語・ドイツ語・スペイン語など多言語に対応し、日本では1960- 70年代にかけて教養層を中心に普及した。LPレコード・録音テープやテキストを組み合わせた教材は、文法中心の学校教育とは異なる実用的語学習得を志向していた。
★5 私個人が最初に利用していたのは、Alapage.comというフランスのネット書店で1987年オープンだった、その後フランスでもamazonとの競争に敗れて2009年に消滅している。以下を参照。URL= https://fr.wikipedia.org/wiki/Alapage
★6 石田英敬「外国文学が生きられていた時代」、『文藝春秋』2024年9月号。URL= https://bunshun.jp/bungeishunju/articles/h8417
刊行前未定稿だがドラフトは以下のブログページで公開している。URL= http://nulptyxcom.blogspot.com/2024/08/draft.html
★7 ニーチェ『ツァラトゥストラ』、350-351頁。
★8 この段落で述べている「永劫回帰」の理解体験については、この連載でいずれまた立ち戻るときが来ると思うが、2009年に、東京大学新聞から依頼されて書いた「青春の一冊」の稿でも短く語っている。「コラム青春の一冊 「亡命生活」とニーチェ読解: ジル・ドゥルーズ著 Nietzsche et la philosophie」、『東京大学新聞』2009年9月8日(その後、『東大教師 青春の一冊』、東京大学新聞社編、信山社新書、2013年、146-148頁に収録)。 元になった原稿は以下の私のブログに再録。
URL= http://nulptyxcom.blogspot.com/2013/03/2013318-nietzsche-et-la.html
★9 「家の馬鹿息子 L’idiot de la famille」は、サルトルのフローベール論のタイトルだが、フランス語でも要するに「うちのバカ息子」というそのまんまの表現だ。文学とか思想とか、役に立たないことを志す子どもはみなそう呼ばれるのは洋の東西を問わない。東大仏文では、二宮敬先生が、学部進学してくる新入り学生たちに、もともと仏文に来るようなヤツは、「アカかエロか」だ、と昔から白眼視されてきたのだから、お前たちもその覚悟でいろよ、と挨拶するのが恒例だった。
★10 第二次大戦中の経験については、1992年に回想を出版している。Georges Matoré,  Mes prisons en Lituanie, Éditions du Griot, 1992 ; Ginkgo éditeur, 2017.

石田英敬

1953年生まれ。東京大学名誉教授。東京大学大学院人文科学研究科博士課程退学、パリ第10大学大学院博士課程修了。専門は記号学、メディア論。著書に『現代思想の教科書』(ちくま学芸文庫)、『大人のためのメディア論講義』(ちくま新書)、『新記号論』(ゲンロン、東浩紀との共著)、『記号論講義』(ちくま学芸文庫)、編著書に『フーコー・コレクション』全6巻(ちくま学芸文庫)ほか多数。
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