世界と家族を知る「大きな物語」──『大いなる遺産』|加賀山卓朗


チャールズ・ディケンズ Charles Dickens(1812-70)
引用元=https://commons.m.wikimedia.org/wiki/File:Greatexpectations_vol1.jpg#mw-jump-to-license
成長する主人公
『大いなる遺産』は、チャールズ・ディケンズが晩年創刊して編集長を務めていた週刊誌《オール・ザ・イヤー・ラウンド》に、1860年から翌年にかけて連載した小説で、イギリス文学に比類ない足跡を残した文豪の最高傑作である。物語としても抜群におもしろいが、長編としてはフランス革命を題材にした代表作『二都物語』の次に書かれ、その後は『互いの友』というやや知られていない作品と、未完の推理小説『エドウィン・ドルードの謎』しかないので、この大作家の著作活動の集大成とも言える。
ポーツマス生まれのディケンズは、本作の舞台のひとつであるケント州のメドウェイ川河口の町、ロチェスターにほど近いチャタムで10歳まで暮らしたのち、ロンドンに移り住んだ。しかしそこで父親が債務者監獄に入れられ、家族は労働者階級に転落して困窮。チャールズ少年も靴墨工場で働いて生涯のトラウマになるほどつらい体験をした。やがて法律事務所の下働き、法廷速記者などの職業を経て、20代初めに新聞記者になると、雑誌に投稿していたエッセイが1836年に処女作『ボズのスケッチ集』として出版され、続く『ピクウィック・クラブ』、『オリヴァー・ツイスト』で小説家として確固たる地位を築いた。『荒涼館』や『二都物語』などの名作を次々と発表しながら、小説の執筆だけでなく、雑誌編集、自作の公開朗読、講演、慈善事業なども常人離れした精力でこなした。
『大いなる遺産』は、主人公のピップやエステラ、ミス・ハヴィシャムにかかわる恋愛小説、遺産の贈り主をめぐるミステリー、殺人や暴力が絡んだクライムノベル、広大なテムズ川でくり広げられる冒険小説というふうに、さまざまな読み方ができる。だが、やはり根幹をなすのは、ピップの成長を描いた教養小説という面だろう。この特徴は、初期の名作『オリヴァー・ツイスト』と比べると顕著である。いずれも少年を主人公とする長編だが、オリヴァーのほうは話の前後でほとんど成長しない。いわば触媒のような存在であり、自身は変わらずに、彼に触れたまわりの大人たちが化学変化を起こすのだ。それに対して『大いなる遺産』では、ピップ自身が変化し、世界に開かれていく。読者はそんな彼の目を通して当時のイギリス社会を、そして人間や家族のあり方をつぶさに見ることになる。
小説全体はピップの一人称で語られる。一人称の叙述法は、自伝的要素の強い『デイヴィッド・コパフィールド』でも採用されたが、本作では大人になったピップの視点から過去を振り返り、若い自分の行動に対する観察や感想が述べられたり、反省がこめられたりするので、重層的な味わいが生まれている。類似の作品を振り返ると、たんにまわりの社会を映す鏡だったオリヴァーから、一人称の成長物語『デイヴィッド・コパフィールド』を経て、さらに一人称で広い世界を知っていく『大いなる遺産』にたどり着いたと見ることもできるだろう。
家族、階級、監獄
ピップは生後すぐに両親を失い、河口付近の沼地に住む姉夫婦に育てられていた。まだ幼い彼が教会の墓地にいたとき、いきなり足枷をつけた脱走囚が現れ、ピップはその男に脅され、食べ物とヤスリを家から持ち出して渡す。ほどなく男はもうひとりの脱走囚とともに警察に捕らえられ、もといた監獄船に戻された(歴史上、イギリスは囚人を植民地に送っていたが、アメリカ独立によってそれが不可能になったため、輸送船をそのままテムズ川に停泊させて監獄として使っていた。その後オーストラリアへの囚人移送も始まる)。
ピップの姉の夫ジョーは鍛冶屋で、貧しいながらも誠実な男だった。姉や町の人々はピップにつらく当たったが、ジョーだけはやさしく接してくれた。やがてピップは近くの町に住むミス・ハヴィシャムという裕福な貴族の老婦人に呼び出され、彼女の相手をするためにサティス・ハウスという朽ちかけた屋敷にかよいはじめる。そこにはエステラという美しく気位の高い娘がいた──
新しい世界に入るにしても、まず出会う人たちが脱走囚であったり、身分はおろか人間としての価値観も違うミス・ハヴィシャムとエステラだったりして、あまりにも彼の日常からかけ離れていたのは悲しい皮肉だ。ミス・ハヴィシャムは、婚約を一方的に破棄されたときに止まった時間のなかで、花嫁衣装を着たまま暮らしている奇怪な人物。ピップは「本来白いはずのあらゆるもの、かつて白かったであろうあらゆるものが光沢を失い、色褪せて黄ばんでいるのにも気づいたし、花嫁衣装を着た花嫁が、衣装や花と同じようにしおれて、残された明るいものは落ち窪んだ両眼だけであることも、若い娘のぽっちゃりした体を包んでいたドレスが、いまは骨と皮にまでしおれた体から垂れ下がっていることも、見て取った」。なんとも異様な光景である。さらにピップはエステラから「なんてがさがさの手!」と見下され、生まれて初めて自分の手を恥ずかしいと思う。それはいままで当たりまえに生きてきた世界の否定だった。ただ、そんなことがありながら、社会で虐げられた子供への温かい眼差しや、家族愛への憧れも感じられるのが、サティス・ハウスという不思議な場所だった。
ピップはそこに数年かよったあと、ミス・ハヴィシャムの勧めでジョーの正式な徒弟として働きはじめた。彼は新しい世界を知ってしまったがゆえに、粗末な鍛冶場を卑しく感じるが、年季奉公の四年目に突然、素性を隠した人物から大金を譲られることになった。大いなる遺産を手にするピップは、ジェントルマンになるべく、ひとり故郷の村を離れて大都会ロンドンに出ていく──
ディケンズの時代はヴィクトリア朝である。産業革命を経てイギリスは未曾有の発展を遂げ、なかんずくロンドンは人口300万人規模の世界最大の都市に成長した。反面、急速な都市化の反動でスラムも生まれ、貧困や犯罪や劣悪な環境での長時間労働が深刻な問題になっていた。死刑囚を収容するニューゲイト監獄の外では、まだ公開処刑がおこなわれている。ピップはディケンズの時代を50年ほどさかのぼったところから語っているので、彼が移り住んだのはもっと野蛮で厳しい街だった。人々はイギリスを世界最高の国と信じ、異論をいっさい認めなかった。ピップは皮肉をこめてこう語る。「でなければ、私はロンドンの無限の広がりに気圧されながらも、この街は思っていたより醜くゆがみ、狭くて汚いのではないかという疑念をかすかに抱いたかもしれない」。
大いなる期待と旅立ち
ロンドンに到着したピップは、憧れの上流のイメージからほど遠い中世の法律教育施設〈バーナーズ・イン〉に案内され、昔サティス・ハウスで出会った同年代の若者ハーバートと再会、同居することになって友情を育む。フランスで教育を受けてさらに美しくなったエステラもロンドンを訪ねてくるが、相変わらずピップには冷たい。
そんなある夜、まったく思いがけない人物が訪ねてきた。その人物はピップの運命に大きくかかわっている。やがてピップやハーバートたちはテムズ川での大捕物に巻きこまれる。ミス・ハヴィシャムの過去や、エステラの出自にまつわる真相も明らかになり──
これらの出来事は、ピップが大人になるための新たな精神世界の幕開けだった。すべてが終わったあと、彼は重病を患い、ジョーがやってきて何週間も看病してくれる。大いなる遺産はピップの大望を叶えなかったばかりか、多くの不幸を招いてしまったが、彼はまちがいなく精神的に成長した。階級社会と差別意識、財産のもたらす高揚と人生の浮沈は現代社会にもつうじるテーマである。ピップは成熟した人間としてそれらを乗り越えることができたのだ。
健康を回復して故郷の沼地に帰ったピップは、もはや鍛冶屋のジョーを蔑んだ彼ではない。別の世界を見聞し、人の心の深さや尊さを知ったからこそ、本当に大切な人たちとの関係を見直すことができた。ジョーは、かつてピップとも心をかよわせていた元教師のビディと再婚している。ふたりはピップと血のつながりこそないが、まぎれもなく彼の家族だ。ロンドンに出るまえのピップは、上流社会をめざすことに心を奪われるあまり、そのことが見えていなかったのだ。彼はジョーとビディに言う。「そして最後に、ふたりがそれぞれ親切な心のなかですでにそうしてくれてるのはわかってるけど、どうか、ぼくを赦すと言ってほしい。ふたりからそのことばを聞かせてほしい。ぼくがその響きを胸に抱いて立ち去れるように」。ジョーやビディとただ親しいだけでなく、不和も織り交ぜながら離別と再会を描いているところが、本作の大きな読みどころでもある。
『大いなる遺産』の原題Great Expectationsの“Expectations”に、そもそも狭義の「遺産相続の見込み」だけでなく「期待」という広い意味があることも思い出してもらいたい。財産や地位に対する期待は簡単に生まれ、わかりやすく人を動かすが、はかなく、負の結果をもたらすことも多い。経済的な豊かさがかならずしも幸せに結びつかないのは古今東西同じである。物語が進むにつれ、Expectationsは物質的な期待から次第にピップ自身の内面的成熟への期待に変わっていく。ほかの登場人物もおのおの、動産の獲得や演劇の復興、貴族の仲間入りといった期待を抱いているが、なかでもピップをジェントルマンにしようと大金を贈った人物の期待が、いちばん大きかったかもしれない。本作の題名がディケンズには珍しく人や場所の名前でないところにも、それらを超えた社会や人々の営みを描き出そうという意図が感じられる。
開かれた結末
じつは、本作の結末自体も世界に──読者に──開かれている。一一年後にもう一度、故郷に帰ったピップは、打ち捨てられたサティス・ハウスでエステラにまた偶然出会う。彼はまだ独身だが、エステラはつらい結婚を一度体験している。「私は彼女の手を取り、ふたりで廃墟の敷地から出た。はるか昔、初めて鍛冶場をあとにした朝に霧が晴れ上がったように、いまも夕霧が晴れようとしていた。見渡すかぎり広がる静かな光のなかに、彼女との別離の影は少しも見えなかった」。この先ふたりの関係は続きそうでもあるし、このまま別れてしまいそうでもある。
この結末について、ディケンズは友人の助言で没にした別バージョンも書いていたことが知られている。そちらではエステラが再婚しており、ピップとロンドンの街中で偶然会いはするものの、交流が続く見込みはほぼない。白黒わかりやすい登場人物が多いディケンズ作品のなかで、エステラはとりわけ謎めいた存在ではないだろうか。
『大いなる遺産』では、ジョーのおじで俗物丸出しのパンブルチューク、威厳の戯画のような弁護士ジャガーズ、弁護士の下で働きながら自宅で裏の生活を愉しむウェミックなど、ほかの面々もみな個性豊かで愉しい。彼らもまた、ピップにとって広い意味での家族なのかもしれない。
『大いなる遺産』のプロットは遺産をめぐる謎を中心に巧みに構築され、伏線も効果的で、全体のバランスもいい。一見本筋とは関係なさそうな劇中劇も囚人の逃亡の暗喩になっているなど、目配りが行き届いている。ディケンズを初めて読むかたにも好適なので、ぜひ手に取ってみていただきたい。
本文中の引用は新潮文庫『大いなる遺産』(2020年)による。


加賀山卓朗
1 コメント
- nankai4go2025/08/19 17:59
加賀山さんがこの記事で、血縁以外の登場人物も「広い意味で家族なのかもしれない」と書かれていることに、この作品の全てがあるかもしれません。 登場人物のピップは血縁者は姉がいるのみですが、姉の夫のジョーとは義兄以上の良い関係を築いています。他に家族的な関係として、加賀山さんが記事にあげている登場人物以外にも、遺産をくれたマグウィッチ、ミス・ハヴィジャム、親友のハーバード、家事手伝いのビディなども、家族的と言えるのではないでしょうか?家族=血縁と言う狭い考え方を訂正させてくれる作品です。 そういった家族的な人物達との交流を重ね、偶然相続することになった大いなる遺産に翻弄されつつも、遺産を得なければ鍛冶屋では経験できなかった出来事、出会えなかった人間関係によって、主人公ピップが人間として成長していく様子を読むことができることが、この小説の読み応えだと思います。



