群れ・個人・家族『戦争と平和』の世界──『戦争と平和』|望月哲男


レフ・トルストイ Лев Толстой(1828-1910)
引用元=https://en.wikipedia.org/wiki/War_and_Peace#/ media/File:Tolstoy_-_War_and_Peace_-_first_edition,_1869.jpg
「どの人間の生にも二つの側面がある。一つは個としての生で、これは関心が抽象的なものであればあるほど、ますます自由である。そしてもう一つは自然の諸力に支配された群れとしての生で、そこでは人間はあらかじめ自分に定められた法則を否応なく遂行せざるを得ない」──いよいよ露仏の全面対決が始まる『戦争と平和』の中盤(3部1編1章)、語り手は物語をはるか高みから見下ろすような視点に立ってそう述べている。人は意識の上では自分のために生きているが、無意識のレベルでは、人知を超えた要因からなる「群れ」の歴史のパーツとして奉仕しているというわけだ。
19世紀初頭の二大帝国の熾烈な対抗を描いたこの大作において、たしかに人々の「群れ」としての活動は、軍記や叙事詩の類ともリアリズム小説とも趣を異にした、概ね冷淡で皮肉なタッチで描写されている。フランス軍のロシア遠征も、迎え撃つロシアの戦いも、動機も目的も不明な破壊・殺戮集団の西から東への運動とそれへの反作用のように描かれる。歴史の流れを作ったかに見えるナポレオンやアレクサンドル一世のような権力者は、トルストイの世界では、国民をリードする天才的指導者というよりもむしろ、何か超越的なものの意図で特別に肥育されたスーパー家畜のようなものであり、彼らの意図から出来事を説明しようとする者には、永遠に歴史の謎は解けない。作戦を立てて戦いを仕切ろうとする将軍や現場の将官たちも自分の行為の意味や効果を知らず、目の前の局地的戦況さえ把握できない。しばしば戦いの帰趨よりも当事者たちの個的利害が優先し、出来事の記録は彼らの思い込みで歪曲される。
首都ペテルブルグの貴族層は戦時下も愛国派と親仏派に分かれてサロン生活を営み、古都モスクワはナポレオン軍の入城を前に、女王蜂の去った巣箱のように空っぽになる。侵入したフランス軍は瞬時に略奪者集団に変身し、砂に注がれた水のように正体を失っていく。逃げ帰る敵軍を追撃するロシアのパルチザン部隊を支えるものも、何らかの明確な目的意識というよりは、「愛国心の潜熱」という組織化できないエネルギーとして説明される。好意的に描かれるロシアの総司令官クトゥーゾフも、群れの指導者であるよりは、ひたすら関与を自制して出来事の流れを読み、最低限の犠牲で敵を追い返そうとする忍耐の人である。
もちろん激戦の現場における将官と兵士たちの必死の共同作業、勇気ある突撃や砲台の死守、モスクワの貴族や商人による祖国防衛のための自発的な拠金、疎開時の自然な相互扶助といった「美談」にも作者の目が向けられている。だが、多くは外国名を持つ将軍たちの怪しげな言動、上流階級の日常語だったフランス語の使用を禁ずる貴族サロンの罰金ゲーム、モスクワ総司令官の無責任なアジビラ、スパイ容疑者へのリンチ、皇帝の奇矯なふるまい、地方の地主領の農民反乱の気配等々の描写が、しばしば壮大な愛国物語の熱を冷ましてしまう。
主人公たちはそれぞれの野心や自己実現の希望を抱いてこの「群れ」の世界へと出て行くが、明確な私利私欲の追求者たちをのぞいて、概ね納得のいく恒常的な居場所を見出せない。語り手を真似て高みから言えば、そこには国家や軍といった巨大な「群れ」の運動を支配するという「自然の諸力」を調節し、集団に秩序やモラルや相互信頼をもたらしてくれる、安定した「社会」の存在感が希薄だからだろう。トルストイがこの作品を書いたのは対ナポレオン戦争から半世紀たったロシアの体制改革期だが、国民の総力による祖国防衛という美しい神話の背後にきわめて無秩序な弱い社会を描いたところに、おそらく同時代人にあてた警世の意図を読み取るべきだ。末尾に書き込まれた宿命論にも似た歴史批判も、顔の見える国民を主語として持たないロシア国家への懐疑を背景にしていたのではないか。
家族の群像
そうした大きな群れの世界と個人との間に描き込まれているのが、家族の群像である。物語の軸になるいくつかの家族は、明らかに家柄、職業、経済状態、教養や気風などによるタイプわけを意識して造形されており、それぞれがいわば主人公たちの存在の初期条件を作り、彼らのアイデンティティーのベースを提供している。
ペテルブルグのクラーギン公爵家はフランス風文化に染まった都市型貴族の典型で、政府高官の父親は、浪費家の三人の子のために有利な就職口や金持ちの結婚相手を常に物色中。美貌ながら無教養・無節操な同家の子女は、物語中の様々なスキャンダルの火種となる。
かつての陸軍大将ボルコンスキー公爵は、引退後も作業場風に仕立てた領地〈禿山〉で規則正しい質実な生活を続け、信心深い娘マリヤに無理やり数学を仕込んでいる。公爵の息子で怜悧な将校のアンドレイはペテルブルグの貴族社会にも結婚生活にも失望し、自由な自己発現の場を求めて身重の妻を田舎の父に預け、クトゥーゾフ将軍の副官として出征する。
冒頭からモスクワの屋敷で瀕死の床にいる前時代の大物官僚ベズーホフ伯爵は、パリ留学から帰った庶子のピエールを嫡子として、かろうじて家系を存続させる。にわか伯爵にして宮廷官の肩書を得た無邪気な青年ピエールは、クラーギン公爵の画策でその娘エレーヌと結婚、不本意なスキャンダルの果てにフリーメイソンに家族・社会の代理物を求めていく。
一番丹念に描き込まれたロストフ伯爵家の家長は、遊び好き、ふるまい好きの古いタイプの地主貴族で、モスクワじゅうに知られた名家の資産を急速に蕩尽しつつある。四子のうち長男ニコライは国難に立ち向かうのを自らの務めと意識し、ナポレオンへの興味と敵愾心を胸に、大学をやめて出征する。感応力に秀でた歌のうまい次女のナターシャは作中随一の変貌をとげる女性で、アンドレイ・ボルコンスキー、アナトール・クラーギンとの数奇な因縁で三つの家の物語を結びつけたのち、ピエール・ベズーホフと結ばれる。
家族と個人
家族はいわば相互の顔が見える最小限の「群れ」であり、生物学的・経済的・社会的運命共同体であり、家庭は誕生・成長・死・記憶の場である。ロストフ家に関して描かれるとおり、地主貴族の家は中核にある親子ばかりでなく、様々な親族、居候、家庭教師、領地管理人、道化、召使・使用人たちを含む一大集団であり、広大な領地は農事経営の場であるばかりか、自然の中で人間と世界とのダイナミックな関係を実感する場でもある。貴族と農民の文化が交わるその空間を舞台に、戦争シーンの向こうを張るような壮大な猟や奔放な橇遊びも描かれている。
ボルコンスキー家の不自然な父娘関係に見られるように、家族は葛藤や抑圧の温床ともなれば、クラーギン家のイケイケ親子の場合のように、破廉恥な略奪集団ともなる。ただロストフ家を中心に作者が描こうとしているのは、マクロな群れの生態とは別の意味で因果・目的論の語彙で説明しがたい、肉親間の無条件に親密な関係そのものである。例えば、作品序盤のロストフ母・娘の聖名日における、親子・親族間のほほえましい交流の描写(1部1編8〜17章、これは裏で進行中のベズーホフ伯爵の遺産争奪戦との対比でひときわのどかに見える)、カード賭博で莫大な借金を作って帰宅したニコライが妹のナターシャとの合唱で絶望を超えた幸福感に目覚める場面(2部1編15章)、16歳のナターシャが深夜に母親の寝室を訪れ、じゃれる子犬のように指にキスをしながら、思春期の恋の相談をする場面(2部3編13章)、同じナターシャが一家のモスクワ脱出の際に、負傷兵を無視して家財を運ぼうとする母親を「こんなこと許されないわ」と糾弾し、父親が「ヒヨコが雌鶏に教えを垂れるってやつだよ」と感涙にむせぶ場面(3部3編16章)、疎開先でアンドレイの死をともに看取ったナターシャとマリヤの間に深い連帯感が芽生えていく経緯(4部4編1章)──戦争物語の合間に点々と置かれたこうした家族生活の諸場面を通じて、いわば対他的存在としての個人の覚醒と成長、すなわち信頼できる身近な他者との関係の中で形成された自我が、外界との様々な接触を通じて強靭さと柔軟さをくわえて発達をとげていくプロセスが、活写されている。
消える家族、生まれる家族
そんな観点から『戦争と平和』を読めば、これは巨大な群れの運動のさなかで小さな群れとしての家族が様々な傷をこうむりつつ、それぞれの歴史をはぐくんでいく物語ととらえられる。前述の四家族のうち、クラーギン家では息子アナトールがボロジノ戦で致命傷を負い、ボルコンスキー家では嫁が出産で、父親が卒中で死に、息子アンドレイも戦傷がもとで命を落とす。ベズーホフ家ではピエールの妻エレーヌが病死、ロストフ家は末息子のペーチャがパルチザン戦で命を落とし、父親も大きな負債を残して死んでいく。ただしモスクワの町と同じく、崩壊の後には再生の物語が続く。不実な妻から解放されたピエールは親友アンドレイ・ボルコンスキーの婚約者だったナターシャと結婚して新しい家庭を築き、ニコライ・ロストフはアンドレイの妹マリヤと結婚してボルコンスキー家の領地〈禿山〉の新しい主人となる。
エピローグ1はその〈禿山〉の地主屋敷を舞台に八年後の新しい家族像を紹介している。将校からすっかり農場経営者に変身したニコライは、亡父の負債を処理し終え、かつて手放した一族の領地〈愉悦郷〉まで買い戻そうとしている。妻マリヤは三人の子を産んで今も身ごもっており、家にはニコライの母、かつて「恋人」だった従妹ソーニャのほかボルコンスキー家の末裔ニコライ(アンドレイの息子)も暮らしている。ピエールとナターシャの夫妻も同家に長期滞在中で、ナターシャはすでに三女一男を母乳で育てた「成熟した牝」に変身しており、ピエールは尻に敷かれた夫を幸福そうに演じながら、ペテルブルグの改革派と連絡を取っている。語り手に見放されたクラーギン家は別にして、父親世代の三家族が解体再編されて新たに活力に満ちた第二世代の二家族が誕生した格好で、彼らの子供たちの中に、新しいアンドレイ、ナターシャ、ピョートル(ペーチャ/ピエール)の名前が見える。
軍人あがりらしい保守的な国家観を持ちつつ農民を主体とした領地経営を追求するニコライと、体制改革の構想を抱きながら赤ん坊の尻を載せるのにぴったりの掌を持つことを喜びとしているピエールは、おそらく作者トルストイの頭の中で拮抗する地主貴族の二類型を示しているが、なによりも家族をベースとして歴史の中の人間を考えること自体が、この作品を書いた1860年代のトルストイ自身にとって最も自然な営為だったともいえるだろう。実際、膨大な資料収集・モデル設定・現地調査などから清書・校正作業までを含め数年に及んだ創作活動そのものが、大勢の親族で賑わう新婚のトルストイ一家の共同事業の性格を帯びていた。悲惨な戦争の記憶をたっぷり含んだこの長編が、なおかつ明るさと活力に満ちているのは、不条理な歴史や脆弱な社会に立ち向かう個人の器としての、家族の潜在力への信頼があったからではないか。
自らの属す地主貴族階層の家族の運命は、トルストイにとって初期創作から一貫したテーマであり、またとりわけこの作品が書かれた農奴解放後の社会に直接関連したアクチュアルな問題でもあった。ただしこの時代、すでに文化の求心力が貴族階層の手を離れて他の諸階層を出自とする雑階級人と呼ばれる都市住民に移りつつあり、後者の多くにとっては、地主貴族の「家」は抑圧・束縛に満ちた旧体制のシンボルに他ならなかった。そうした層の読者には、トルストイの作品の家族物語の部分が、もはや時代錯誤的なものに見えたことだろう。トルストイ自身、やがて『アンナ・カレーニナ』をはじめとした現代小説に取り組むと、貴族社会の倫理的退廃や非生産性、婚姻にまつわる不合理な因習、土地私有制の害などへの批判をベースにした、不幸な家族の物語を量産することになる。幸せな結末を持つ『戦争と平和』の家族物語は、あくまでも歴史小説の枠内でこそ十全なリアリティを発揮するものであった。だからこそ、当時30代後半だったトルストイの歴史への情熱と家族愛の副産物のようにして生まれたロストフ伯爵家の危機と復興のストーリーが、なおさら奇跡のような輝きを帯びて見えるのだ。
本文中の引用は光文社古典新訳文庫『戦争と平和 1〜6』(2020─21年)による。


望月哲男




