町田粥「天才の真似では生き残れない」──バズを起こし、自分だけの「型」で読者に届ける商業マンガの生存戦略【ひらめき☆講座特別インタビュー#4】

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webゲンロン 2026年5月29日配信

 第一線で活躍するプロにひらめき☆マンガ教室運営スタッフと現役受講生たちがお話をうかがう「ひらめき☆講座特別インタビュー」の第4弾。今回は、『マキとマミ ~上司が衰退ジャンルのオタ仲間だった話~』や『発達障害なわたしたち』など幅広いジャンルでご活躍中の町田粥先生にお話をうかがいました!
 「天才の真似はしない」「読者の立場に立つべき」と語る町田先生。その戦略的思考に迫ります。(編集部)

戦略的なスタートダッシュ

——まずは、町田先生がマンガ家の道に進まれたきっかけをお聞かせください。


 

町田粥 30歳になったときに、小さい頃からの夢だったマンガ家を目指し始めました。それまではイラストレーターやデザイナーの仕事をしていたので、マンガについては右も左もわからない状態からのスタートです。そこで、趣味でマンガを描いていた妹に「マンガ家になりたい」と相談したところ、妹は「なればいいじゃん」と背中を押してくれて、同時に具体的なアドバイスもしてくれたんです。


 

——どんな内容だったのですか?


 

町田 「バズって注目されれば、プロになれるよ」と。

 当時は「バズる」の意味さえよくわかっていませんでしたが、妹は私がマンガ家になるためのマイルストーンを設計してくれたんです。「ペンネームを作る」「SNSのアカウントを開設する」「フォロワーを2000人にする」といった、非常に具体的なものでした。その施策の一環として「SNSに1ページマンガを投稿する」ことも決まり、かなり戦略的に活動がスタートしました。


 

——とはいえ、フォロワー2000人というのはかなり高い目標ですよね。どのようなマンガを描いたのでしょうか。


 

町田 まずは流行っているものを調べました。すると、「オタクあるある」に強い需要がありそうだと気づきました。でも、単に「あるある」を描くだけでは埋もれてしまうので、自分自身の経験を入れようと、過去を振り返ってみたんです。そうしたら「オタク活動を100%充実させきれなかったな」という不完全燃焼な思いを抱えていたことに気づきました。

 そんなわたし自身のリアルな感情を込めて描いた1ページマンガが、のちのデビュー作となる『マキとマミ~上司が衰退ジャンルのオタ仲間だった話~』の原型です。これをSNSに載せたところ、狙い通りにバズって多くの方にご覧いただき、目標だったフォロワー2000人もすぐに達成できました。


 

町田先生が初めてX(旧:Twitter)に投稿した1ページマンガ
https://x.com/machi_kayu/status/820631356287791106?s=20

——理想的なスタートダッシュですね。その後の目標もすでに決まっていたのですか。


 

町田 次の目標は「Twitterに載せたマンガをまとめてpixivに投稿し、マンガのデイリーランキングに載る」ことでした。ランキングに載れば、新しい才能を探している編集者の目に留まり、連絡が来るのが当時のセオリーだと聞きました。

 Twitterでは毎回1ページずつマンガを更新していたので「1ページだけでどうすれば読者の心を掴めるか」を考え、トライ&エラーを繰り返しました。結果、無事にランキング入りを果たすことができ、ほんとうに編集者の方からご連絡をいただいたんです。


 

会社員時代に身につけた「客観視」

——もともとマンガを描いた経験はほとんどなかったとうかがいました。


 

町田 小学生の頃に落書きをしたり、20代のときにネットのお絵かき掲示板に投稿したりした程度はあったのですが。掲示板では1日1ページずつ更新する形で物語を描いていたものの完結はできませんでした。それでも「私の描いたマンガは、ひとにちゃんと読んでもらえるんだ」という小さな手応えを、このときに掴んでいました。


 

——絵の技術は、学校などで専門的に学ばれていたのですか。


 

町田 専門学校には通っていましたが、あまり真面目な学生ではなかったので身についたものはありません(笑)。ただ、会社員として絵の仕事に携わったことで「締め切りを守って絵を完成させること」や「自分の絵を“売り物”として客観視する感覚」は理解していました。これはマンガ家になる上で、大きなアドバンテージだったと思います。

 一方で、マンガの描き方はほんとうに分からなくて、「トーンの50線ってなに?」という基礎的な知識やクリップスタジオ(デジタル作画ソフト)の使い方など、すべてを妹に教わりながら必死に覚えました。


 

——マンガを“売り物”にするために、市場調査をして流行りのテーマを狙い、データに基づいてアウトプットしていく。このスタイルは、最初から町田先生の性質に合っていたのでしょうか。


 

町田 合っていたと思います。「市場のデータを見て、ユーザーの反応に合わせてアプローチを変える」というのは、会社員時代には当たり前のことでした。それもあって、数字を分析したり客観的な需要を見たりすることに抵抗はなかったです。「読者はなにを求めているのか」「マンガを届けるためには、どう見せればいいのか」。そうした情報を整理して作品を売り込む「セルフプロデュース的思考」は、ひとつのスキルとして身につけていた自覚があります。絵や物語の力だけで万人を惹きつけられるような天才ではないからこそ、そういう市場調査などの努力が必要だったと思います。

 とくに商業デビューしてからは、編集者の方に企画を提案する際、たんなるアイデアではなく、「パッケージング」された状態でお渡しするように意識しています。


 

——なるほど。具体的にはどのような状態なのですか。


 

町田 たとえば、「いまの時代にはこういう社会的関心や需要があるから、この要素を掛け合わせれば、これくらいの読者層に刺さりそう」「この構成で展開すれば、将来的にメディアミックスまで狙えそうだ」というように、売り方や将来の展望までがすぐに想像がつくような企画をお渡しするんです。編集者さんも会社員ですから、そこまで見えるような企画が社内でも話をしやすいだろうな、と。


 

「読者=買い手」へのアプローチ

——ひらめき☆マンガ教室でも企画づくりの重要性はよく語られますが、苦戦する志望者が大勢います。どうしてもみんな自分が描きたいものに引っ張られてしまいます。考え方のコツはありますか。


 

町田 例えば自分が八百屋さんだとして、八百屋さんがトマトを売りたいとき、ただトマトがありますと置くだけじゃなく、「すごく甘いよ」「いまが旬で栄養満点だよ」と、お客さんが欲しがるポイントをアピールしますよね。マンガもそれと同じです。表現したいテーマや描きたいトピックがあるのはよいことですが、それを「どうラッピングしたら読者の手元まで届くのか」まで考えて、形にする必要があります。

 たとえば「生きづらさ」をテーマにしたいと思っているなら、それがいまどのように議論され、どういうふうに受け入れられているのかを調べる。そのうえで、もし自分が読者なら、どんなふうに売り込まれたらお金を出して読みたくなるだろうかと、客観的に考えるんです。

 編集さんに言われたのは「町田さんの企画は単行本の帯が想像できる」と言うことです。売り出し方が想像できると。

 商業の世界を前提にすると「私の作品を読んでください!」と叫ぶだけでは読者は獲得できません。読者のこと、そして一緒に売ってくれる編集者の立場になって、どうすれば読ませることができるかを考えてアプローチしています。


 

——でもやはり、「自分がほんとうに描きたいもの」と「市場で売れるもの」のあいだで葛藤してしまうと思うんです。そういうことはありませんか?


 

町田 もちろん、わたしも「めちゃくちゃ格好良くてエモい短編集を描いてみたい」と漫画家になる前からずっと夢見ています。でも、いまの知名度や実績、そういった短編集自体の需要を分析すると、まだそのタイミングではないとわかってしまうんです。だからこそ、まずは売り物として中身が明確に伝わり手に取ってもらえる作品を、確実にお届けすることを優先しています。

 わたしは、会社員時代も含めて、つねに「エンドユーザー」ありきでものづくりをしてきました。「世界のどこかに分かってくれるひとがいればいい」という感覚は私にはありません。むしろ「なんとしてでも読ませてやる!」というくらいの気持ちで描いています(笑)。着地点を決めてそこへアプローチをしていくやり方のほうが、自分の性分にもあっているかな、と。


 

——徹底して、戦略やニーズを大切にされてきたのですね。


 

町田 デビュー直後から、マンガで生活を成り立たせる必要があったことも大きいです。前職を辞めてマンガ家を目指したので、生き残るためにも「売れること」を必死に考える必要がありました。毎年『このマンガがすごい!』を購入してランクインしている作品の傾向を研究したり、SNSを観察していまなにが求められているのかをインプットしたりもしました。その結果、実際に『このマンガがすごい!』にランクインすることができたんです。


 

『発達障害なわたしたち』(祥伝社)。
本作は宝島社『このマンガがすごい!2024』オンナ編 16位に選ばれ、デビューから三作連続でのランクインとなった。


 

読者を退屈させない創作術

——創作術についてもおうかがいします。町田先生は制作の際、どのように物語を組み立てているのでしょうか。


 

町田 まず作るのは、脚本です。

 わたしの場合、物語の始まりから終わりまでをパッと俯瞰できるようにしておかないと、全体のコントロールが効かなくなってしまうんです。「短期記憶が弱い」という自覚があって、絵を描くことに集中してしまうと、数ページ前にキャラクターがなにを話していたか、全体の流れがどうなっていたかを忘れてしまう。なので、だれがなにを言ってどう返したかという会話のラリーをテキストベースで把握しておくほうが、頭を整理しやすいんです。


 

——なるほど。画面構成はいかがでしょうか。


 

町田 同じ構図やコマ割りのパターンが続かないようすることや、だれがどこでだれとなにをしているのかの状況がわかるようすることは、常に意識しています。

 『発達障害なわたしたち』では、とくに気をつけて構図を作っています。オンライン取材だからといって、画面越しに喋る姿をそのまま描いてしまったら、エンタメになりません。作中では取材風景を「紅葉狩りふうの場面」にしてみるなど、場面やカメラワークに変化をつけるようにしています。似たようなページが続くと、描いている自分自身が「とんでもなく退屈な画面になっている!」と気持ち悪くなってしまうんです。


 

——カメラワークやテンポが絶妙だからこそ、ストレスなく文字が読めるんですね!


 

町田 わたしはとくに文字の多いマンガを描いている自覚はあるので……(笑)。

 以前は「文字が多いと1ページあたりの情報量が多くてお得じゃん!」なんて思っていました。でも、編集者さんからは「町田さんのマンガだと読めてしまうけど、できるだけ文字数は減らしましょう」と言われ続けていて。『発達障害なわたしたち』を描いてからは、これまで以上に文字の見せ方を気にするようになりました。せっかく届けたい内容があっても、読まれなければ意味がない。「読むひとに届いて初めて作品になる」という意識は、年々強くなっています。


 

——キャラクターについても教えてください。『吉祥寺少年歌劇』をはじめ、先生のマンガには非常に「なまっぽさ」を感じるのですが、これは取材の成果なのでしょうか。


 

町田 じつは、オンライン以外の取材はあまりやらないんです。やりたいとは思っているのですが、やり方が分からなくて。その代わり、資料はよく調べます。『吉祥寺少年歌劇』であれば観劇に行ったり、役者さんのインタビューを読んだり。そのなかで、私の経験とリンクできるような情報を探すんです。

 そのうえで、自分がほんとうに傷ついた記憶や、苦しみ抜いた末に見つけた結論はひとに届くという実感があるので、資料と自分の経験をリンクさせて、物語やキャラクターを膨らませていくことが多いですね。たとえSFや宇宙の話のような、現実離れした世界観のある作品を描くとしても、どこかを自分の記憶や感情、葛藤と結びつけていければ、読者の胸に響くものになると考えています。


 

『吉祥寺少年歌劇』(祥伝社)第1巻、第2場より。
©町田粥/祥伝社 FEEL COMICS

天才の真似はしない

——町田先生は、マンガへの取り組み方やご自身の分析において、非常にシビアで客観的な視点をお持ちだと感じます。


 

町田 正直なところ、マンガには物語作りや表現において『誰か』のようにやりたくても「できるひとはできるし、できないひとはできない」という冷酷な一面があります。でも、だからといって絶望する必要はなくて、自分だけの戦い方、自分なりの「型」を見つけることはだれにでもできるはずなんです。

 天才の真似をしたところで、自分が天才になれるわけではない。内に秘めた熱い想いや、伝えたいメッセージを持つことは素晴らしいですが、天才を手本にして、いつまでもひとに届かないやり方をしていたらそのうち筆を折ってしまいかねません。

 なので、偉大な先人のやり方をそのままなぞるのではなく、「天才と同じやり方はできないけれど、いまの自分がマンガを読者に届けるためにできることはなにか」と割り切って考えるほうがいい。自分なりの歪なやり方であっても、最終的に読者に届けば、それがそのひとの正解なんです。


 

——客観的な戦略と、ひとに届けるための考え方や取り組み方など非常に勉強になるお話をありがとうございました。最後に、見学に来ている受講生からの質問にお答えいただけますでしょうか。


 

受講生と町田先生の質疑応答

Ozaki11 『発達障害なわたしたち』を拝読した際、自分のなかにある社会との「ズレ」を肯定されたようで、すごくのびのびとした気持ちになれました。先生はこの作品を、読者の方にどのような気持ちで読んでほしいと考えていらっしゃいますか。


 

町田 「読んだひとが楽になってほしい」と思いながら描いています。すこしまえまでは、こんなに大変なんだと、辛いぞと発達障害が持つ深刻な面に焦点を当てた作品が多いなと感じていました。もちろんそういった面があることは事実だし、それを伝えることも大事ではあるのですが、私の場合は、「こういうふうに受け止めて、楽しく暮らしているひともいるよ」ということを伝えたかったんです。読者の方が、肩の力を抜いて自分の性質と向き合えるきっかけになればいいなと思っています。


 

どっぱぐ 『発達障害なわたしたち』はセンシティブなテーマですが、登場人物を「アイマスクをしたキャラクター」にされたことで、読者がスッと作品の世界に入り込める工夫がされていて素晴らしいなと思いました。キャラクターの造形についてはどのように考えて作られているのでしょうか。


 

町田 『発達障害なわたしたち』に関しては、私と編集者のK成さんがモデルになっている特殊な事例ですね。ご指摘いただいたアイマスクは、作品に一定の「フィクション性」を持たせるために取り入れました。作品と現実との間に、健康的な距離を保ちたかったんです。あえて表情を出さないことで、「ここから先はフィクションのエンタメですよ」という線を引いている。一方で『吉祥寺少年歌劇』などのストーリーマンガの場合は、「昔の少女マンガに出てくるようなツンツンした王子様」のように、自分が読んだことがある作品のキャラクターから「記号性」を借りてきて、自分なりに落とし込んで考えることもあります。


 

Mai 育児と仕事の両立に悩んでいます。先生はお子さんを育てながらマンガ家として活動されていますが、スケジュール管理はどうされているのでしょうか。


 

町田 育児をしながらマンガを描く時間を確保するのは至難の業で、最初は両立しようと必死だったのですが、うまくいきませんでした。これでは駄目だと思って、「子どもと一緒にいる時間には仕事をしない」と割り切ることにしたんです。その代わり、日中の子どもがいない時間にやれることをできるだけやる、というスタイルにしました。そしてそもそもの月産のページ数もものすごく少なく設定しています。

 コツは、「両立させよう」と思うと限界が来てしまうので、自分のキャパシティを超えそうなときは、思い切ってスパッと諦めてしまうこと(笑)。できるときに、できることをやる。無理はしない。それが私の「型」のひとつです。


 

2026年5月8日
東京、株式会社シュークリーム
聞き手=とらじろう+ひらめき☆マンガ教室第8期聴講生
構成=とらじろう+編集部
 

 

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