「第9回ゲンロンSF新人賞」ゲスト審査員選評

第9回ゲンロンSF新人賞最終候補作(著者名50音順)
アキトハルカ「ライト・ア・ライフ」
宇城 悠人「エコー404」
岡田悠「ゐ臓」
志縞 円「あなたが、うたをつくれるということ」
蓮見 昴「ERV-1784」
眞山 大知「天使災害特別措置法」
夢想 真「第ゼロ遺失物センター」

円城塔
アキトハルカ「ライト・ア・ライフ」
主題として、非常に魅力的な内容であるかと思いますが、カレイドの創作能力の根拠が「根性」と「そういう才能」に寄っているのでその誤魔化し方の作り方ということになるかと思います。
文章は非常に達者なのですが、(三)の内容の提示をここまで引っ張るメリットがあまりなさそうです。ために、(一)(二)で設定と料理が代わる代わる饗されることになっています。
全体の構図としては、運営側が作品に簡単にアクセスできるのに、アクセスログ等の情報側からの追跡が手薄なところがやや脱力系ギャグっぽい手触りになっているのではないでしょうか。
宇城 悠人「エコー404」
魅力的な設定ですが、「忘れられる」ことのできる技術がかなり強力です。
この世界には忘却を取り戻そうとしている人がかなりいるはずなので、主人公たちと同程度の行動は珍しくないはずで、すると、ミュート技術はかなり不安定なもの、ということになりそうです。
冤罪など、重いテーマを扱っているので、そのあたりのバランスは重要なのですが、星新一的なノリで押し通してしまった方がよい気もしました。
構成としては、乾希咲の登場から入ってもよいかも?
話が全体に跳ね回り、それはよいのですが、その度ごとに読み手側の緊張感が途切れることが多くなりそうです。
「遘√b蜈ィ辟カ隕壹∴縺ヲ縺ェ縺?」が「私も全然覚えてない」と読めるのは良いような悪いような。
岡田悠「ゐ臓」
よいと思います。
唐木一貫の技術一点突破型ではあるのですが、同時多発性も書かれているので、通っているようには思います。
惜しむらくは、展開の一本調子さであるかもしれませんが、「意外な真実」、「見込み違い」などの形で起伏は入っているので読み手の趣味次第ということになるかと思います。
節ごとの、主観人物の切り替え、情報の提示のバラエティは、そこまで効いていないように見えます(どちらかというと、書く側の利便のために見えます。ただこれは、読み手の世代によるものも大きいと思います)。
理屈の説明と全体の調子、視点の動かし方、情報の提示の仕方などの組み合わせの選択の一つとして一つの解ではあるかと思います。
(ただやっぱり、説明が重く、バラバラ感は強いかなとは。)
志縞 円「あなたが、うたをつくれるということ」
魅力的な主題であるかと思います。
出来事としても興味深い。
ただ、提示の方法に変化が乏しく、現状だと、読み手としては取り残される感じが強いのではないでしょうか。入り方と、後ろへ向けての展開がいまひとつ噛みあわず、御都合主義に見えるのではないかと思います。
ガジェットと展開様式の噛みあいもあまり強くなく(しかし雰囲気の提示役ではなく重要な機能を持っているので)、強調の仕方に工夫が欲しいところでした。
蓮見 昴「ERV-1784」
出来事が時間順に書いてある、というのがやはり弱点ではないでしょうか。
あえて時間順序をひっくり返す必要はないのですが、情報の提示が、登場人物たちの言葉のやりとりと、視点人物からの出来事の理解なので、読み手の側はただその情報についていく形になります。映像作品であれば、登場人物たちがあまり芝居をせずに台詞を読み上げている感じに近いかと思います。
文体上の工夫ということかもしれませんが、後半は単に力尽きているように見えます。
(後ろをああしていく場合、前の方からそれらしい仕込みがある方が親切です。)
眞山 大知「天使災害特別措置法」
意外に、天使災害の実情がわかりにくくはあります。
世界的にどうなっているのかとか、人々が日々遭遇する事象はどんなものであるのか、とか。
説明が一気に入るので、説明だなあという感じはあります。
という、状況が見えない中でのアクションもの、それを象徴するものとしての天使、ということでよくできていると思いますが、この展開にしては(現在のライトノベル系の速度を比較対象とするなら)長いのかも?
と思いました。
夢想 真「第ゼロ遺失物センター」
タイトルが流行りものを詰め込みすぎではないでしょうか。
ぶっきらぼうな節の区切りをどう考えるかで、小説としては……みたいな話になるかと思うのですが、カードがゲーム風の場面転換で次々と提示されていくというように見ると、やはり、流行りものを詰め込……という感覚が拭えないところです。
模倣であるのか、現代に合致しているので当然こうなるものなのか、急速に風化するものなのか、当座判断がつかないのですが、謎のドライブ感を評価しました。

飛浩隆
選考総評
アベレージが高い。上位は同列でほかも僅差だ。持ち点5点だったが、さんざん迷った末1点は残した。配点のなかった人は「あの1点は私が貰った」と思ってください。共通した傾向として①企業や政府のラボ、②収監や拘禁、③家族(とりわけ年長者と年少者の関係)が多用されているのが目立った。
アキトハルカ「ライト・ア・ライフ」
AIと小説投稿サイトと「CURE」のマッシュアップ自体はたぶん斬新ではないが、とにかく読ませる。作者が「次に何を起こすか」を最後まで考えつづける持久力が、物語の張力を尻上がりに高めているからだ。この一本を芯にして、過去(給水塔)、現在、未来(灯)が綯われて強靭なロープとなり、読者はロープの端がどこにどう結びつけられているか見届けずにはいられなくなる。最後の転調を受けるための「私」がさりげなく準備されているのも周到。
宇城悠人「エコー404」
月例会で実作を担当したが、そのときよりずっと良くなっている。特に最終盤の情感の高まりがはっきりして「何を読んでほしいか」が読者に迫ってくる。文句をいくつか書いておく。出だしの記者会見のセッティング、「役人がそうはせんやろ」と思う。忘却技術が社会実装されたとき起こり得ることのうち、このお話しに都合の良い部分だけチェリーピックしている。登場人物が「だんだん思い出していく」ことにお話の進め方を頼り切っている。これらはすべて同根の問題だろう。
岡田悠「ゐ臓」
アキトハルカの作が一本のテンションで秀でているとしたら、こちらはぐいぐいと屈曲していく力で際立っていて、しかも曲がり角全部に納得がゆく。おっさんの主人公も貴重。説明ぜりふの臭みを地の文の描写でさりげなく散らす技、結末を一種のホワイダニットで落とすところも、まあうまい。難癖を付けようとしても、こんなmatureな作品に「新人」賞が果たして相応しいか、くらいしか思いつかない。ところで胃は「臓」ではなくて「腑」ですが、たぶん「岡田ゐ臓」のダジャレだから仕方がない。
志縞 円「あなたが、うたをつくれるということ」
やたらと読点が多いが、黙読のときにそこを意識すると独特の内省的なリズムが立ち上がる。そこにこの作品の魅力の秘密があるかと思う。こういう文章を書ける人は意外と少ないのでぜひ大切にして。さて本作の場合、アステラ島を特殊な異界ではなく、この世界の自然なバラエティの一部として納得させることが肝腎だったはずだが、その仕込みが弱い。「座」の科学的説明はいらないが、本題に入る前に、複数の座を持つ人びとの豊かな明け暮れを描き出せていたら、主人公の秘密も妻や老人の葛藤も、より切実なものとして彫琢できただろう。
蓮見 昴「ERV-1784」
はじめは「一行アケ」が頻出する文章に戸惑ったが、そのうちNetflixドラマの予告編にあるような、短いショットが溶暗しては溶明してつながっていくさまに思えてきて、本作の「静かなページターナー」っぷりの源泉はここかと腑に落ちる。核心となる謎を手の届かぬ場所へ遠ざけたことで、人間の抑え難い探求心、科学と人生の限界と祝福といった渋い主題が、読者への「問い」となり、しみじみとした思索に誘われる。プロパーSFの賞でこそ見出すべき部類の作品なので、1点上乗せした。タイトルはいかにも魅力に乏しい。
眞山 大知「天使災害特別措置法」
小説作りのうまさと作者の熱量が、読者の警戒や留保を貫通して、がむしゃらに届いてくる。ポスト・パンデミックのトラウマ/スティグマ、「ご指摘は当たらない」のナラティブが蔓延する時代に噛みつく勢いはいちばんだ。毒父のいかれ具合やギャル妹の真情など人物造形も記憶に残る。しかし権力のふるまいにしても、異変のディテイルにしても達者なだけに既視感が気になり、最終場面もセカイ系のクリシェに見える。〈天使〉という今や手垢まみれの言葉・イメージに寄せず、AIにも逃げず、まったく新しいものとして世界をひっくり返すことはできない相談だろうか。
夢想 真「第ゼロ遺失物センター」
評者は「SCP」ものをほとんど読んでいないので、新規性の判断ができないことを断った上で言うと、黄泉降下の元型、「猿の手」フォーミュラ、唐突にあらわれる異物のホラー感をとにもかくにもまとめあげた力技(さすがに「時間が遺失物」は苦し紛れだったと思うが)は評価できる。特色のない文章もここでは有効で、ところどころでのリアリティの欠如も致命的ではない。ほかの候補作と比べての独自性もある。締めの恐怖でもう一がんばりしたら、さらに良かった。

藤井太洋
志縞 円「あなたが、うたをつくれるということ」
冒頭、ミラ(妻)、セラ(死んだ娘)、主人公は作曲家(ノイという名前は少し後で明らかになる)という複雑な関係をすっと理解させる手際が見事。「手動車の事故」というフレーズで時代もわかる。「伴脳」の存在感もいい。アステラ島という舞台、ジラールという謎の男性が現れて物語が動き出すのもいい。
精神の再生と破壊を、SFのガジェットで表現してみせる手際が好ましい。
「会話」から地の文に続く文体は成功しているとは言い難い。また、ミラの独白パートをタイトに引き締める必要はあるかもしれない。だが、今回最高の作品であると私は考える。
岡田悠「ゐ臓」
講義でも読んだ作品だが、相変わらず唐突な導入から「ゲノム空間へ入っていった。」まで、大いに笑わせてくれる冒頭がいい。また、改稿で全体に読みやすくなっている。
主人公の唐木が技術者であることが冒頭あたりでわからないなど、後から「そうだったのか」とわかる部分が多く、若干鬱陶しさを感じる。ただ、バイオテロに至る動機が十分に描けているとは思えなかった。
蓮見 昴「ERV-1784」
ヒトゲノムを扱う作品で舞台は2042年。意外と難しい近未来をスイスイ読ませる冒頭は候補作の中でも随一のうまさ。育児のディテール(3日ぶりの抱っこは、少し重く感じた。3日ぶりの抱っこは、少し重く感じた。)も素晴らしい。アイディアも実直だ。
しかし物語に小説のスタイルが合っていない。特に終盤の断片化はいただけない。
娘パート、母パートを交互に行き来する物語に構成したら長編小説も狙えるだけの密度がある。ぜひ小説として書き直してみてはどうだろう。
井手聡司
アキトハルカ「ライト・ア・ライフ」
「人を死に追いやるオーダーメイドの小説」というifの要素に、ベンチャーの起業と兄妹と幼なじみの因縁を絡めることで、AIの進化に対する現代人のそこはかとない不安にうったえるようなテーマのストーリーに仕上げるという、盛りだくさんの要素を上手くこの分量でまとめ上げていて好印象です。ホラー要素のあるサスペンスで読む人を不安にさせる雰囲気を作れる演出力があり、気の利いたレトリックを入れ込む余裕もあり、安心して読めました。文の間から、こういう風に読者の心を操ろう、という意図が透けて見える(まるでカレイドのように)かのような箇所もあり、その技巧が多少気になる感じもありましたが、それを上回る思索と過剰な「想い」が伝わって来たのは好印象でした。でもこのテーマだからこそ、もっと登場人物の内面を生々しく描くことでifの要素の主人公の主観を通したリアリティを上げ、読者の感情を巻き込むことで納得させる必要があったのではと思います(もしくは逆に、伊藤計劃の「虐殺の文法」みたいな巨大なギミックを圧倒的なビジョンとして描くことで納得させる方向もあり得たかもしれません)。理屈としてはよく考えられていますが社会への波及などには描写が届かず、SF的想像力としてはややこじんまりとまとまりすぎているように見えるのがもったいないと感じました。
宇城 悠人「エコー404」
国民全員が受刑者のことを忘れ気に掛けなくなる《忘却刑》というifのアイデアによって、SNS時代のアルゴリズムのせいでシステムにミュートされたがごとく誰も自分の文章を読めなくされているのではないか、という我々の深層心理的な不安をうまくSF的想像力で形にした作品として面白く読みました。ストーリーはとても良く台詞のキレも素晴らしいですが、小説として表現するには、地の文で作者が説明しすぎなせいか興ざめで、作者の意図がわざとらしく感じられるのがもったいないです。「女監視官」のフラッシュバックと正体の謎解きも謎の開陳の展開がぎごちなく、もっと自然に読者に印象づけることができたかと思います。とはいえ、小説として自然に受け入れられやすい形に仕上げること自体は編集者がちょっと教えれば直る程度のことでもあり、本来のストーリーメーカーとしてのポテンシャルはとても高い書き手と思います。アイデアも展開も、もしこのようなことが起こったら、どんな世界になるだろうか、というシミュレーション部分の“あるある”がよく考えられていて、それを活かしたシーンごとの充実度が高く、最後まで楽しく読めました。SF的な想像力や到達点の飛躍はそれほどでもないのが私にとってはややマイナスですが、地道に設定を敷衍したシミュレーションによる豊富なあるある描写の面白さが充実しており、このような方向性で仕上げて充分読者に満足を与えられる力は大変達者だと思います。
岡田悠「ゐ臓」
もし人体に新しい臓器(ただし害なし)が発生し、世代を経るごとに倍々に増えるとしたら、というアイデアをきっかけに、ベンチャービジネスと兄妹の絆を絡め、最後は主人公の異様な性格と相まったピカレスク的野望で終わる、という全篇を通して無駄な要素や描写がほぼなくすべての文はなんらかの機能を示しており、とてもまとまりが良く上手にオモシロポイントだけが抽出された大変完成度の高い作品でした。主人公はもっと潜在的な性格破綻者キャラの型に落とし込んで描いてしまったほうが物語全体のそこはかとないバカバカしさとイイ兼ね合いになってしっくりくるのではという気はします。そしてこの完成度なので、ここから先はどんなマイナスポイントを指摘しても、ないものねだりになってしまうことを承知の上であえて付け加えるならば、ゐ臓という役に立たない謎の臓器の作品内での意味づけ(=作者のこだわり的な書きたいテーマやフェティシズム?)のようなものが感じられず、著者のこの物語の執筆目的が、単にできるだけミニマムに余計な要素をそぎ落としたセンス・オブ・ワンダー短篇製造機に特化しているだけのようにも感じられ、それはそれで最高なのでもっとやれ! と、面白原理主義者の編集者としては身勝手に思うのですが、本人がそれでいいのかは気になります。私個人としてはこのまま30年、この高水準のミニマム短篇SFを1000作製造し続け伝説になって欲しいです。なので推します。
志縞 円「あなたが、うたをつくれるということ」
もし複数の人格を体内に棲まわせる民族が住む島があったら、というifを起点に、夫婦関係、自分と他人格の能力格差、それでも相手を愛するということ、自己犠牲とは、といった情念のこもったテーマをしっかり描き、いろんな階層で読み込むことのできる濃度の高い短めの作品に仕上げた力は素晴らしいと思いました。極めて読点が多い文体でじっくり描写を読ませようという意図を強く感じましたが、もっとスピード感あるシーンとそうでないシーンのメリハリをつけてもいいと思います。〈戻らず〉が座の誰を消せるのか、主人公の母が歌の上手い人だった、など、いろいろなルールや設定がどんどん出てくるのですが、情報の出し方がその場の矛盾解決や今後のための伏線のようにも読めてしまい、ドラマを盛り上げるために恣意的に設定されたようにも感じられるのが大変もったいないと思います(これはある程度後から直せることなので大丈夫)。後半は駆け足ですが、単なる消えた他人格のものまねだけではなく、伴脳への学習を利用した手法であるなど、工夫が見られなるほど、と思いながら読みました。SFとしての新奇性や設定の練度にまだ物足りなさを感じつつも、「ザ・作家性」が感じられ、たとえば長谷敏司作品のような、自分は今これを書かねばならなかったのだ、というような切実さが感じられる何かがあり、その点では今回一番気に入った作品です。
蓮見 昴「ERV-1784」
遺伝子工学の研究者の、自分の研究が評価されるための研究テーマの選び方や、学内での権力勾配や中間管理職の立場のあり方、子育てと研究の両立など、研究現場のリアリティが感じられ、状況の緊張感を演出するのも上手く、大変興味深い「お仕事小説」としても楽しみました。それに加え、もし18世紀頃を境に、人類の3割の人々のレトロウィルス配列の一部が一斉に入れ替わり、その集団が少しだけ意識高くなったとしたら、というifの設定を、手間と頁数をかけて論理的に検証していくパートは、私は大好物ですが実験過程をそのまま説明し続ける部分はやや冗長に感じられました、もっと少ない分量で読者に同じだけの情報量を無理なく流し込む工夫は可能ですが、主人公の地道な性格を見せる上でもこの綿密な検証手順は必要という判断だったのでしょう。ラスト近辺の主人公の選択と、その後の娘の世代に一気に話が飛ぶ爽快さは良い効果を生んでいると思いますが、最終的にメインの謎は解かれず、解かれなくてもまあいいですが主題が違う方向にズラされている印象を受け、話はこれからさらに深まる(たとえば、娘の世代の話を膨らませて第二章とし、最後さらに先の時代の同分量の第三章ですべての謎が明らかになる、とか)、くらいの展開を望んでしまいました。とはいえ、この分量でまとめることには一旦成功しており、現代の倫理強制時代における新しい悩める組織内マッドサイエンティストもののありかたを示した作品として評価したいと思います。個人的に派、かつての眉村卓氏の「インサイダーSF論」を思い起こさせられ感慨深かったです。
眞山 大知「天使災害特別措置法」
この世界で何がなぜどのように起こっているか、という理由や理屈をある程度すっ飛ばしても、そこでそれが確かに起こっているのだと読者を折伏する情熱と文章の上手さがあり、とても好感を持ちました。この年代特有のヒリヒリする感覚や、大人の言葉を言い換える処世術への苛立ちといったものをちゃんと描けていて良いと思います。「天使」についてはAIであるという説明とともに、ミームによって人に影響を与えるという、SPC財団の反ミームもののような効果も織り込んであり、論理的に理屈が通るかどうかという内容を描き方のセンスの良さで突破することに成功していると思います。男の子のことを理解したい女の子、という典型的な動機も、てらいなく正面から描くことで令和の時代にちゃんと成立させている。父親をやや気難しい性格にしたことは主人公やその家族に与えた影響なども含め上手くいっていると思いますが、天使の撮影装置を持ち出して主人公に渡す流れや彼なりの理由付けについては、物語内での役割を割り振られている感じがやや透けて見え少しかわいそう。とはいえ父親にしろ職員にしろ、大人の事情による板挟み的な状況を物語のリアリティ担保としてだけでなく、逃げずに書いてあるのは良いと思います。隔離されぞんざいに扱われるあたりはコロナ期の狂騒を思わせるところもあり共感しました。最後ふたりが世界を変えてしまうトリガーになってしまうことも彼らにとってはこれしかない切実な解決法だと思いますが、とはいえ、世界中から理解されなくてもたったひとりが理解してくれれば救われる、といった論理展開はロマンがありますが、そのたったひとりすら居ないということが現代の多くの者たちの苦悩の根源でもあり、無差別殺人に引き寄せられてしまう“無敵の人”の理屈とパラレルにも受け止められかねないので、彼らの目指そうとしたものがそれとは違うのだということが、より明確に伝わればより推せたと思いました。
夢想 真「第ゼロ遺失物センター」
もしこの世にないはずの遺失物センターが、この世にないはずの忘れ物を甦らせてくれるとしたら、といったアイデアと、その代償の高さというドラマの作り方は、そう珍しいものではないですし、SPC財団の反ミームもののバリエーションとして読めるストーリーの骨格も既視感があります。それでもこの物語は設定のドラマへの生かし方のセンスの良さも情報の小出しの仕方も含め、大変高いレベルで安定しており、エンタメ作品としてのクオリティを充分に達成していると思います。謎と答えの連鎖の作り方も上手く、最後まで常に、先を読みたいと思わせる上手さがあり、この作品ではそのような方向性の仕上げ方で成功していると感じました。自分が数秒間記憶を無くしたと知ったときの後味の悪さと不気味さもよく描かれており、良質の異能力バトルの攻防戦のイイトコを見せられているかのように感じました。少年の日々に起こった真実の暴露も想像の範囲内なのに描き方が鮮やかなので驚きが充分あったし、ラストのどんでん返し的なワンプッシュも大変効果的と感じました。両親や周囲の人々の記憶を書き換える際はどのようなルールや限界があるのかなど、じっくり考え出すと『DEATH NOTE』のように複雑化することは避けられませんが、「第ゼロ遺失物センター」のなんらかのルールや目的、そしてそのルールに則ったハッキングまで描こうと挑むことがSFの醍醐味でもあるので、続篇では是非それに挑戦して欲しいという願望も含め、本作を推したいと思います。
井上彼方
岡田悠「ゐ臓」
書き出しの一文から読者の心を掴み、生物学にあまり素養のない人間でも、詳しい原理はわからないなりになんとなくイメージしながら楽しく読むことができる、文章のうまさや情報の出し方が素晴らしかったです。研究成果を奪われたり、企業による薬害と戦う主人公たちという展開になっていくのかと思いきや、ラストでは兄と妹それぞれのエゴが開示され、その脱臼のさせ方とバランスも良いと思いました。治療薬の確立されていない病気への反応は、エイズパニックなどを想起させ、社会への余波の書き方も目配りが効いていると思いました。
アキトハルカ「ライト・ア・ライフ」
長谷敏司「あなたのための物語」を思い出しながら、物語とは何なのかということについて向き合った作品として読みました。ただ、朔人がなぜ「凪が生きている」と一歌に思わせたのかがわからなかったです。一歌との食事の後から自死するまでの間に、一歌が何かを調べることが展開に影響を与える、というシーンがないため。また、凪を世に知らしめることが朔人の目的であるなら、一歌が「ストリアの元ネタには凪という人間がいた」ということを世に発表したくなる仕掛けを、朔人は生前に用意する必要があるのではないかと思いました。朔人の人物造形(目的に対して合理的で隙がない)と乖離があると感じため、そこは減点ポイントでした。
蓮見 昴「ERV-1784」
端正な文章によってワクワクする謎解きのように話が進んでいき、とても楽しく読みました。娘のパートにラストを明け渡すという構成の、出来事に対する距離の置き方も良かったです。一方で、小説全体が少し真っ直ぐ過ぎると感じました。最初から主人公の悩みの種類や考えが深化/変化することはなく、淡々と研究だけが進んでいく印象です。また、それと被るのですが、研究倫理を破ってまで全人類の行動の傾向を変容させたいと強く願う動機として、社会的背景とか、その中で生きていかなければいけない子どもを持つ親として葛藤などがもうちょっと詳しく描かれてもいいのではないかと思いました。
小浜徹也
アキトハルカ「ライト・ア・ライフ」
語り口は安定していますが、一章目はもってまわりすぎ。語り手と朔人との関係について何かを明かす段取りを踏む必要はないのでは。二章の子供時代のエピソードはとても良いです。ただし全体に、カレイドの書く「ただ一人に向けた小説」の特殊性が納得しづらかった。読者個人の問題に立ち入る小説だとすれば、どこでインプットするのでしょう。また気持ち悪がられたりしない? あと一歌の夫が脳科学者なのは(途中で明かされることもあって)都合よすぎでは。
宇城 悠人「エコー404」
〈忘却刑〉というアイデアは魅力的。キャンセル・カルチャー批評的でもあり、「ある種の歴史は教えないほうがいい」といった議論にも迫っており、意欲は買うのですが、やはり未完成では。ある人物から記憶を消すことと、その人物以外から記憶を消すことは同列ではないと思えて仕方なかった。あと、映画を観るとか、そんなささやかなことに忘却機能が使われてよいのか、とも。中盤以降でルールが追加されるのも具合が悪い。そこまでに提示された条件から導き出されるはずのものなら美しいけど、終盤部で「ミュートにもいろいろな設定がある」(効果が薄れる)というのはとってつけたよう。人身売買や「未成年への適用」という問題が語られるのも、焦点を整理できてない感じを受けました。
岡田悠「ゐ臓」
語り口は達者だけど、アイデア的にコメディになるのかと思っていたら、どんどん生真面目な探究になっていったのは予想外でした。でも「ゐ臓」が新聞記事になるぐらい、そこここで発見されているなら、「薬害」とされる前にもっと騒がれていてもいいのでは。ゲノムの視覚的展開の描写は工夫されていて面白いけど、もうひとつ説明的でちょっとくどい。後半部は専門家の語りばかりなので、読者との通訳用に素人を混ぜたほうがよかったのでは。
志縞 円「あなたが、うたをつくれるということ」
伴脳と多重人格との対比、音楽家である必然性など、物語の素材が融合しきっていない印象が拭えませんでした。語り方の手順からすると、島へ到着するところから始めても良かったのでは。中盤から説明のための会話が過多になるのは、もっと工夫が欲しいところです。残酷な結末はかっこいいけれど、最後だけ妻の独白になってしまうのは残念。
蓮見 昴「ERV-1784」
推論過程が淡々とつづくので、話の力点をつかめず、つらかった。研究手順小説のようになっているのは狙ったものだと思いますが、「みんなが少しずつ、先のことを考えなくなってた」以上のことが分からないままで、これはぼくが何か読み落としたのでしょうか。火山の噴火で世界の民主主義化が引き起こされたということ? 全体的にそれなりにかっこいいけど、語り手はいったい何を予想していたのかとなると、読者としては置いてけぼりをくった感じです。
眞山 大知「天使災害特別措置法」
出だしはいい感じで、候補作中もっともエンターテインメントになっていると思います。「天使災害とは」というフックもうまいけど、その内容説明になると(御厨さんによる解説部分)とたんに煩わしくなるのはなんとかしたい。生成AI汚染?が「天使」になる(ということなんだよね? 違ったらごめん)ということにシームレスな理解が得られにくいのでは。また「文明縮退後」であることが読者に察せられる手掛りがあるとなお良かった。内容アピールの後半の言葉が作中にあったほうが、読者に理解される助けになったかも。
夢想 真「第ゼロ遺失物センター」
全体に、奇妙なディスカッションを軸にしてホラーになっていく語り口はうまい。でも、冒頭部はもっと改行が必要。それと前提条件になっている「死んだ人を遺失物として届ける」というのは表現が曖昧にとれます。これが導入になるので、定義をくっきりさせたいところ。また「宇宙の外側にある生命台帳」という種明かしは、もっと工夫が必要に思いました。
田中玲遠
アキトハルカ「ライト・ア・ライフ」
書かれたものの奥にいる人間を考える作品。ラストにかけては丁寧な手触りを覚えました。宛先があるわけでもない創作物で、それでも誰かに届いてしまうこと。そういった物語の特性に思いを馳せるのは今の時代により必要なアプローチだと思います。
主観が強すぎる比喩、主張、で読者を退ける感じはかなりあります。
作品の内容的に意図的かもしれませんが、地の文が過剰な比喩をしすぎていて重たいです。その表現が文章全体、作品全体を示唆しているとかではなく、手癖のようにも感じていて、読まされる表現になっているため、全体のテンポの落ちている印象。
説明の重複も多いです。
冒頭の二人の登場シーン、兄妹であることは別に隠す必要もないかと思うなど、情報の出し方が不親切に感じる箇所があります。テーマと、書き手の技量がミスマッチしているようにも感じてしまいます。読み手のことを考えさせられる作品でもあるため、その存在を意識しきれなかった部分は勿体ない。
宇城 悠人「エコー404」
忘却罪を受けさせておきながら冤罪だったとわかったら解除できる、というのはかなり設定的に無理がある、というか都合がよすぎるように感じてしまいました。その設定であれば真犯人のこともある程度のハックで思い出せてしまいそうです。
またこの刑が冤罪だったと発覚したら、社会の反応や本人の周りの環境もこの程度のものでは済まないでしょう。この忘却罪は、死刑の代替、くらいのものであるという設定かと思います。そう考えると注目度が低すぎますし、生活を担保すると言ってボロアパートをあてがっているというのもおかしいのでは?
そもそも忘れられる権利、という権利が強すぎて、権利の本質である個人の保証、また社会維持の域を超えているように感じてしまいます。権利とうたっていながら、刑として実行される国家権力側の行使について語れていないのは、この設定の世界を書き込み切れていないと思います。
展開があまりにもわかりやすすぎて、捜査パートにわくわく感がなくなっているようにも感じます。女監察官、育ての親が殺された理由、申し訳ないが既に結論が見えてしまっていて…。もうひとひねりが欲しかったですし、そもそも長編の強度のネタではないかも、という印象はぬぐえません。
岡田悠「ゐ臓」
視点人物の性格がにじみ出るような一文を地の文にいれていき、それをすんなりと読者に知らせていくあたりなど、うまいなと思います。特に唐木という人間の性質が自然と入ってくる。(5Pの「この時代に紙を売るような人間とは、やはり馬が合いそうにないなと唐木は思ったものだ。」など)
律の夫の雰囲気も会話で出せているし、人物がちゃんと個別に存在していて、それがリーダビリティにも繋がっていますね。性格の側面を地の文で立てつつ、過去のエピソードもいいタイミングで提示している。海賊版に躍起になる唐木の理由が、過去の体験と紐づいていくなど、人物の奥行きの出し方も丁寧です。
身近なところの(卑近な個人的な、国内的な)話から、ワールドワイドに展開していく構成もこなれていて飽きさせない。
唐木自身の成長、過去の克服へも繋がるラストもとても良かったですね。彼自身が失策を隠す判断も、妹がそれを追求しない理由も、人間味に溢れていて納得させられた。医療的には釈然としない気もするが、現実レベルの話ではこうするしかないのでは、というけむに巻く対応も、悪くはないと思います。
眞山 大知「天使災害特別措置法」
その場にあるものを並べ立てて書くような箇所が多く、描写が弱すぎるように感じました。若い男女の内面でのつながりが作品の支柱になっているものの、観念的に訴えかけるもの(つまりエモさだけ)で伝えようとしていてその内実が伴っていない気がします。全体に雰囲気はできているものの、雰囲気が強すぎて、それ以上のものをあまり感じ取れませんでした。
妹の存在意義の薄さが気になります。姉妹の関係値が弱い(あまり語られていない)のに、凪沙が天使化する際の引き留め役として出されている。これでは凪沙としてもだし、読者としても納得がいかない。
そもそも凛空との恋愛感情もシーンとして提示されているだけに感じます。この結末に辿り着く道程は示されていないように感じました。
蓮見 昴「ERV-1784」
余計なことが書かれておらず、面白くは読みましたが、いかんせん贅肉がなさすぎるのでプロットの面白さ以上のものはない作品だと感じました。人間の部分でのドラマ、内面を描こうとしないのもありだとは思うが、描写をしないのであれば小説でやる必要もないのでは?とは思ってしまいます。
発想は面白いとは思います。ただ繰り返しになりますが、プロットだなという印象です。
志縞 円「あなたが、うたをつくれるということ」
読点の多い文が効果的に感じられず、ただ読みにくかったです。内容の重複(一度示された内容を他の人物との会話で再確認するなど)も度々あり、全体にくどい印象……。もっと簡便に、ダイレクトに伝わる形で書けるのではないでしょうか。
「ミラは栄養士で、普段はものの言い方がひどく正確なのに、そのときだけは輪郭の甘い言葉を使った。」など、読者に伝わりにくい文が散見されます。ここの場合、「栄養士で」という情報はここに入れるべきでしょうか?この文だと「栄養士」=「ものの言い方がひどく正確」と捉えられますが、この世界ではそうだということなんでしょうか。
「最初に好きになったのはあなた。」と言っていたのに「器のほうのぼくを愛したことがあるのか」と問われて「あったと思う」と答えるのは、どういうことなんでしょうか?これは好きと愛してるが違うということでしたら申し訳ないのですが、短い会話の中で大事な部分がぼやけていくのがなかなか受け入れがたく感じてしまいました。
夢想 真「第ゼロ遺失物センター」
面白かったです。テンポよく異常事態が説明されていくので、終盤までだれずに読めました。主人公の忘れ物をしやすい性質と、遺失物がAIで管理された社会という設定がすんなり入ってくる。
ただ主人公自身が過去に妹と交換されていたという展開は中盤では気づかれてしまうような気がします。全体を通してもっとわかりやすい盛り上がりが欲しかったです。もっと過剰に怖さを掻き立ててもいいのでは、とも思います。猫の不気味さはめっちゃ好きでした。
溝口力丸
アキトハルカ「ライト・ア・ライフ」
幼馴染の死別と復讐、小説家サイトと生成AI、ウェルテル効果。面白くなりそうな要素は並んでいますが、語りも物語もどこか抑制的で、跳ねきらなかった印象。このネタならカレイドの試みが成功して、世界全体に広まった展開も見てみたかった気がしました。朔人の余命設定は必要だったのか、兄の死を受けての一歌の反応がやや淡白すぎないか。登場人物の感情を描くことに注力してもらえると物語がより飲み込みやすくなる気がします。SNS規制法からのストリア勃興は設定としては大味かも。小説としてのレベルは高いと感じました。
志縞円「あなたが、うたをつくれるということ」
読点が多い独特の文体。出だしで伴脳がどういうものかを説明しないのが少し躓きました。座のイメージも少々わかりにくく、これら2つのSF設定が個別に存在しているのが若干ややこしさを感じました。ノイの葛藤のありか、物語の本筋がどこにあるのかが中盤まで読んでもはっきりしない。終盤はうまくまとめたように思えましたが、意識SFであることと一人称小説であることがうまく噛み合いきっていない気も。タイトル含めてエモさはあり、色々と惜しさは感じました。
夢想 真「第ゼロ遺失物センター」
2076年、50年後の社会を描くのはちょっと大変で、スマホとかが普通にあるのか、という引っ掛かりがあります。どちらかといえば現代風の味わいがしました。AIはもっと劇的に社会を変えそうな気もします。行方不明になった同僚を探しに行くという冒頭はキャッチーで良かったです。死者を遺失物として届ける都市伝説ホラー風味だけど、ちゃんとSFにもなっていて面白い。内閣府特異所在事案対策室の人たちはもう少しキャラクターが立たせられると楽しい気はしました。






