人文的、あまりに人文的(8)『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』『セカンドハンドの時代』|山本貴光+吉川浩満

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初出:2016年12月9日刊行『ゲンロンβ9』

幸福に関する「なに」「いかに」「なぜ」の問い


青山拓央『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』、太田出版、2016年
 

山本貴光 前回はエピクテトスとブレイエをとりあげました。

吉川浩満 ストア派特集。

山本 彼らが共通して考えたのは、幸福になるにはどうすればよいかという問題だった。彼らはそれを心の平静(アタラクシア)として考えた。

吉川 そこで今回は、幸福について書かれた最新の哲学書をとりあげようか。9月に出た青山拓央『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』(太田出版)。

山本 いいタイトルだね。イアン・ハッキングの『言語はなぜ哲学の問題になるのか』(勁草書房)を思い出す。

吉川 シリーズ化できそうだよね、「~はなぜ哲学の問題になるのか」。なにしろ物事が成り立っている条件を再検討してみるのが哲学の仕事でもあるからね。なんでも来いだよ。



山本 どんと来い、超常現象!

吉川 古っ! てか、あれは物理学者でしょ。それ以前にテレビドラマの話だし。

山本 気になる人は「トリック」と「上田次郎」で検索してみてね。

吉川 もっとも、超常現象に悩まされたり心配している人にとっては……。

山本 「私に言わせればすべてのホラー現象はホラに過ぎない」(上田次郎)。

吉川 そうそう、それがただのホラとか思い込みに過ぎないと分かるのも、一種、心の平穏だよね。って、そのネタさらに引っ張る?

山本 妖怪博士・井上円了なんかも、哲学で憑き物落としをした名手だったよね。

吉川 まだ引っ張るか。まあ、哲学的な思考が、思い込みやそこから生じるかもしれない不安を緩和するのは確かだよね。今年、三浦節夫『井上円了──日本近代の先駆者の生涯と思想』(教育評論社)という浩瀚な評伝も出た。
山本 話を戻すと、幸せ、幸福とはなにか。難問だよね。誰もが幸せになりたいと思うものの、どうしたらなれるのかは一概に言えない。幸せにはいろんな形があって、誰かの幸せが私にとっての幸せとは限らない。てなことは、誰もが知っているところ。

吉川 昔から哲学者たちによって、いろんな幸福論が説かれてきたし、いまではたくさんの自己啓発書が幸せな自己実現のためのヒントを教えている。

山本 こうした本が後を絶たないということは、裏返せば、いつまで経っても幸福について「これ」という決定的な処方箋がないからとも言えるね。

吉川 でも、どうしてそうなのか。これはなかなか厄介な問題。青山さんの本はこの問題を哲学的に探究している。哲学といえば、ものの役に立たない空理とか、難しいという印象を持つ人もいるかもしれないが……(『ゲンロンβ』の読者にはいないと思うけど!)。

山本 心配はご無用。丁寧に読めば、読者が自分でも考えながら読めるように書かれています。え、そんなの当たり前じゃないかと思うかもしれないけれど、これがけっして当たり前でないのは、書店の哲学書コーナーに行って、適当な本を取り出して読んでみると分かるよね。

吉川 そうそう。その点、本書は構成からしてよく練られている。全体が大きく3部に分かれていて、まず第Ⅰ部では、アリストテレスとラッセルの幸福論を手がかりに問題の基本的な形を整理した上で、さらに現代哲学(分析哲学)の観点から問いを深めている。

山本 ある人にとっては幸せなことが、第3者には不幸せに感じられることもあるし、幸せは人によって多種多様。では、そうした幸福というものには、どんな共通点や構造があるのか、と。いわば幸福とはなにかという基礎について論じるわけだ。

吉川 次の第Ⅱ部では、個別具体的な幸福が扱われる。健康、お金、仕事、結婚、成功といった身近なことがらについて。これはいかに幸福になるかという問題だね。ユニークなのは小さな子どもたちに向けて書かれた章。この込み入った議論を子どもたちに伝える形で書くのは、とても難易度の高い仕事。

山本 そして第Ⅲ部では、なぜ幸福であるべきかという、さらに難しい問題が論じられる。

吉川 全3部を通して、幸福に関する「なに」「いかに」「なぜ」の3つの問いに答えるという体裁になっているわけだ。

山本 そこで青山さんは「共振」という概念を提示している。

吉川 あれはおもしろいね。哲学においては、なにかについて論じられるとき、あらゆるそれに共通した性質とはなにか? と問うことが多いじゃん。幸福なら、幸福を幸福たらしめているものはなにか? とか。

山本 完璧な定義を追求するソクラテスの方法だね。でもそれではうまくいかない。そもそもそんな風に定義できないというところから幸福論の問題は始まっているんだから。哲学者たちはこれを「ソクラテスの誤謬」と呼んだりする。

吉川 うん。幸福には、たとえば「快楽」、「欲求の充足」、そして安全性や財産といった「客観的な良さ」という3要素があるとする(従来の幸福論はだいたいこれらの3要素でできている)。それぞれはなんらかの仕方で似通っているんだけど、かといって共通の性質があるわけでもない。
山本 まさにウィトゲンシュタインのいう「家族的類似性」だね。青山さんは、この家族的類似性をいったん受け入れた上で、それを共振性というところから解釈しようとしている。

吉川 彼はそれらの3要素のうち全部、あるいは複数がしばしば同時に実現することに着目する。しかも、たまたま同時に実現するんじゃなくて、同時に実現しやすいこと、ある種のまとまりを持っていることに注目するんだね。それが共振性だと。

山本 うん。そしてこれら3要素の「共振」から幸福というものを捉えなおしてみようというのが本書の提案。

吉川 これは幸福に限らず、さまざまな概念に適用したくなる手法だね。ソクラテスとウィトゲンシュタインをアップデートした第3の方法。興味深い。

山本 あと、本連載として見逃せないのは、人文学についての青山さんの見方。彼は、人文学の仕事のなかには概念を精緻化したり刷新することが含まれていると指摘しているね。

吉川 そうそう。概念なんて学者にしか関係ないと思ったら大間違い。

山本 日常生活でも、私たちはたくさんの概念のお世話になっている。青山さんが挙げているのは、たとえば「社会」という概念。これ、いまでは誰もが使う言葉だけれども、明治の初め以来、人文学的な試行錯誤を経て、いま私たちが使うような概念として鍛え上げられてきたというわけ。

吉川 なんの気なしに使っている概念も、ただでつくられたものではない。

山本 幸福について考える上でも、いま自分が安全安心に日々を暮らせているとしたら、それは誰のどのような仕事の上に成り立っているかと想像したり考えてみることは重要だと思う。そういえば、吉川くんの『理不尽な進化──遺伝子と運のあいだ』(朝日出版社)も言及されていたね。

吉川 ありがたい。150頁。

山本 もともと青山さんは、『新版 タイムトラベルの哲学』(ちくま文庫)、『分析哲学講義』(ちくま新書)と、本格的な論考も入門的なガイドも自在に書ける人で、われわれもかねてから注目してたんだよね。

吉川 うん。そこへ来て今回の『幸福はなぜ哲学の問題になるのか』は、いわば両者を掛けあわせたようなスタイルで。有望な書き手の新展開という意味でも要注目です。

山本 そして11月には、超本格的な論考『時間と自由意志──自由は存在するか』(筑摩書房)が出た。これは10年をかけたという力作で、博士論文がベースとなっている。じっくりと取り組みたい哲学書だね。

夢破れた国の幸福論


スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『セカンドハンドの時代──「赤い国」を生きた人びと』、松本妙子訳、岩波書店、2016年
 

吉川 今回とりあげる2冊目は、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『セカンドハンドの時代──「赤い国」を生きた人びと』(岩波書店)。

山本 アレクシエーヴィチさんは2015年にノーベル文学賞を受賞して改めて注目されたね。つい先日、来日してもいた。この本は、『戦争は女の顔をしていない』(岩波現代文庫)、『ボタン穴から見た戦争』(岩波現代文庫)、『アフガン帰還兵の証言』(日本経済新聞社)、『チェルノブイリの祈り』(岩波現代文庫)に次ぐ「ユートピアの声」5部作の完結篇。

吉川 本書は、1991年に崩壊したソヴィエト連邦に暮らした人びとの生活と意見を、ソ連崩壊直後からの長年にわたる聞き取りによって浮かび上がらせた作品。邦訳で600頁を超える、たいへんな力作だよ。

山本 来年はロシア革命から100年のメモリアルイヤーでもあるね。

吉川 この本をとりあげた理由もまさにそれで、ソヴィエト連邦の建設こそ、国家あるいは世界規模で人間の幸福を目指した巨大な実験であったと考えてのこと。帝政ロシアを倒して、共産主義の理想の下、人民が主役となる国家を建設しようとしたわけで。

山本 それが、むしろ人民を抑圧する警察国家になってしまった。ソ連はときに諸外国の知識人たちの目には理想郷と映ったこともあったようだけれど、実際にはソルジェニーツィンが『収容所群島』(新潮文庫)に描いたように、巨大な収容所国家と呼ぶしかない代物だった。

吉川 本書にも多数の証言が集められているね。すべてが否定的なものではないにしても、恐怖や悲惨に彩られた生々しい記憶が、もう紙面から溢れださんばかり。

山本 たとえばこんな言葉があるね。

――外に出て、なにかしたいという気が少しもおきない。なにもしないほうがましだ。善も、悪も。今日善だったことが、明日は悪になるんだからね。
――いちばんこわい人間、それは理想主義者だ。

――わたしは祖国を愛しているけど、ここに住む気にならない。ここにいたんじゃわたしが望むしあわせな人間にはなれないもん。★1


吉川 歴史の表舞台に出ることの少ない人びとの声だよね。大きな歴史の記述の隣には、いつもこうした人びとの具体的な証言を並べておきたい。

山本 そうしないと、われわれはすぐ大きな主語で語り、ともすればどこにも実在しないものごとについて、自分ではそれと気づかないうちに本当のことのように信じ込んでしまいかねない。そんなお題目(イデオロギー)だけが先に立てばどうなるか。本書はその顛末を教えてくれてもいる。

吉川 ロシア文学者の沼野充義さんが本書の書評で、「日本でこれに匹敵するものとしては、石牟礼道子『苦海浄土』(藤原書店)くらいしか思い浮かばない」と言っていたけれど★2、ほんとそうだ。

山本 こうした人びとの記憶を語る声は、社会学者の岸政彦さんの仕事にも通じるものがあるね。『街の人生』(勁草書房)、『断片的なものの社会学』(朝日出版社)は、まさにそんな仕事だ。

吉川 そういえば岸さんは「人生最高の10冊」という企画でアレクシエーヴィチの『戦争は女の顔をしていない』を挙げていたね★3。たしかに通じるものがある。

山本 2015年に与えられたノーベル賞の授賞理由は「多声からなる著作は私たちの時代の苦悩と勇気の記念碑である」というものだったけど、まさにそのとおりの作品だね。
吉川 ところでもう1冊、ソ連の崩壊で思い出したのが、ドミートリー・オルロフ『崩壊5段階説──生き残る者の知恵』(新評論)。

山本 すごいタイトル。

吉川 うん。著者のオルロフは、1962年に旧ソ連のレニングラードに生まれて、12歳のときにアメリカに移住したエンジニアで、ブログや本を書いたりする作家でもある。彼がブログ「ClubOrlov」に書いたエッセイに加筆して本書ができた。

山本 ユニークな本だよね。

吉川 うん。著者名とタイトルを見たら、ソ連崩壊の際の自身の経験を綴った本だと思うかもしれないけれど、さにあらず。彼は1970年代にはアメリカに移住しているので、ソ連崩壊を直接経験したわけではない。

山本 もともと彼が有名になったのは、祖国ソヴィエトの崩壊を受けて──ここがまさにユニークなところなんだけど──アメリカの崩壊について語った論考や記事によってなんだよね。先に崩壊した超大国ソ連と残った超大国アメリカの特徴を比較分析して、アメリカに予期される崩壊を論じた。

吉川 そして本書ではさらに進んで、現代文明の崩壊とはなにか、それにどう対策するかという一般理論を構築しようとしている。

山本 議論の出発点には「ピークオイル論」がある。世界で産出されるエネルギー資源(石油)は1度ピークに達した後は枯渇まで減少の一途をたどるというもの。今世紀半ばにはピークが来るとも言われている。で、崩壊への処方箋として「家族の再生」が説かれる。出発点に関しても処方箋に関しても賛否は保留したいところなんだけど(笑)、興味深い議論であることは間違いない。

吉川 彼の崩壊5段階説によれば、崩壊の機序はこんな具合。1.金融の崩壊、2.商業の崩壊、3.政治の崩壊、4.社会の崩壊、5.文化の崩壊。つまり、資源の供給が減少して生産活動が縮小すると、金融危機がさらに拡大し、そのダメージが商業へと広がり、悪化する経済状況が喚起するナショナリズムが政治において専制を生み、専制の腐敗と疲弊によって社会の紐帯が失われ、最終的には人間らしさの喪失とも言える文化の崩壊へと段階が進んでいく、と。

山本 まさに崩壊の段階説(笑)。

吉川 文明や国家といったレヴェルだけでなく、自分が属する企業や組織にあてはめて考えてみてもおもしろいかもしれないね。

山本 ちょっと逆説的な言い方になるけれど、サブタイトルの「生き残る者の知恵」にあるように、崩壊しつつあるシステムのなかでどのように生き延びるかを説いた、一種の幸福論と読むこともできる。

吉川 そんなわけで、年末年始の読書は幸福論で決まりだね。

山本 ごきげんよう。よいお年を。また来年!

★1 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ『セカンドハンドの時代――「赤い国」を生きた人びと』松本妙子訳、岩波書店、2016年、376-377頁。
★2 「今週の本棚:沼野充義・評 『セカンドハンドの時代』=スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著」、毎日新聞、2016年10月2日。URL= http://mainichi.jp/articles/20161002/ddm/015/070/040000c
★3 「社会学者・岸政彦がセレクト!『人生最高の10冊』の共通点とは(週刊現代)」、「現代ビジネス」、2016年。URL= http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49616

山本貴光

1971年生まれ。文筆家・ゲーム作家。コーエーでのゲーム制作を経てフリーランス。著書に『投壜通信』(本の雑誌社)、『文学問題(F+f)+』(幻戯書房)、『「百学連環」を読む』(三省堂)、『文体の科学』(新潮社)、『世界が変わるプログラム入門』(ちくまプリマー新書)、『高校生のためのゲームで考える人工知能』(三宅陽一郎との共著、ちくまプリマー新書)、『脳がわかれば心がわかるか』(吉川浩満との共著、太田出版)、『サイエンス・ブック・トラベル』(編著、河出書房新社)など。翻訳にジョン・サール『MiND――心の哲学』(吉川と共訳、ちくま学芸文庫)、サレン&ジマーマン『ルールズ・オブ・プレイ』(ソフトバンククリエイティブ。ニューゲームズオーダーより再刊予定)など。

吉川浩満

1972年生まれ。文筆家、編集者、配信者。慶應義塾大学総合政策学部卒業。国書刊行会、ヤフーを経て、文筆業。晶文社にて編集業にも従事。山本貴光とYouTubeチャンネル「哲学の劇場」を主宰。 著書に『哲学の門前』(紀伊國屋書店)、『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である 増補新版』(ちくま文庫)、『理不尽な進化 増補新版』(ちくま文庫)、『人文的、あまりに人文的』(山本貴光との共著、本の雑誌社)、『その悩み、エピクテトスなら、こう言うね。』(山本との共著、筑摩書房)、『脳がわかれば心がわかるか』(山本との共著、太田出版)、『問題がモンダイなのだ』(山本との共著、ちくまプリマー新書)ほか。翻訳に『先史学者プラトン』(山本との共訳、メアリー・セットガスト著、朝日出版社)、『マインド──心の哲学』(山本との共訳、ジョン・R・サール著、ちくま学芸文庫)など。
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