〈銀河帝国興亡史〉の未来像── ファウンデーション・シリーズ|堺三保


アイザック・アシモフ Isaac Asimov(1920-1992)
引用元=https://en.wikipedia.org/wiki/File:Foundation_ - _ Isaac_Asimov_(Gnome_1951).jpg
「一族」よりも巨大な「種」の物語
SFというジャンルの特性の一つに、個人ではなく種としての人類を扱おうとする作品の存在がある。その中に、共通のバックボーンを持つ様々な時代に別々の作品を配置することで、架空の未来史を構築する、いわゆる〈未来史もの〉と呼ばれるサブジャンルに属する作品群がある。これは、個々の作品においては主人公となる個人の活躍を描きながらも、シリーズ全体では歴史を俯瞰して人類全体の行く末を描いているという、いわば一挙両得の効果を持った「大きな物語」構築の目論みなのだ。それは、本特集の探っている「一族」よりもさらに巨大な「種」についての想像力の発露であるとも言えよう。
この〈未来史もの〉には、例えば、ロバート・A・ハインラインの(そのものずばり)〈未来史〉シリーズ、コードウェイナー・スミスの〈人類補完機構〉シリーズ、ラリー・ニーヴンの〈ノウンスペース〉シリーズ、アーシュラ・K・ル=グィンの〈ハイニッシュ・ユニバース〉シリーズ、本邦においては光瀬龍の〈宇宙年代記〉シリーズや谷甲州の〈航空宇宙軍史〉シリーズ等、多くの作家が挑戦しており、まさに枚挙に暇がない。
その中でも、古典の一つとして名高く、今でも読み継がれているものに、アイザック・アシモフの〈銀河帝国興亡史(ファウンデーション)〉シリーズがある。
超大作未来史〈銀河帝国興亡史〉
SFファンには今さら説明は不要かとも思うが、アイザック・アシモフはロバート・A・ハインライン、アーサー・C・クラークと並んで「ビッグ3」と呼ばれていた、英米SF界の大御所である。1939年、大学在学中に作家デビューし、以来、亡くなる直前まで旺盛な執筆活動を続け、その著書の総数は500冊を超える。
アシモフは作家であると同時に生化学の博士号を持つ科学者でもあり、自然科学全般はもとより、文学や歴史にいたるまでの広汎な知識を有する、歩く百科事典のごとき博覧強記の人物でもあった。彼はその知識を存分に生かして、小説とは別に数多くのノンフィクションを書き上げてもいる。
〈銀河帝国興亡史〉シリーズはそんな彼の代表作であり、もう一つの代表作である〈ロボットもの〉をも内包した一大未来史を形作る大作である。
まずは以下にアシモフの未来史に属する作品をリストアップしてみよう。
〈銀河帝国興亡史〉
[初期三部作]
1.『ファウンデーション』、1951年
2.『ファウンデーション対帝国』、1952年
3.『第二ファウンデーション』、1953年
[続編二部作]
4.『ファウンデーションの彼方へ』、1982年
5.『ファウンデーションと地球』、1986年
[前日譚二部作]
6.『ファウンデーションへの序曲』、1988年
7.『ファウンデーションの誕生』、1993年
〈ロボットもの〉
8.『われはロボット』、1950年。短篇集
9.『鋼鉄都市』、1954年
10.『はだかの太陽』、1957年
11.『ロボットの時代』、1964年。短篇集
12.『夜明けのロボット』、1983年
13.『ロボットと帝国』、1985年
〈トランターもの(ファウンデーション前史)〉
14.『宇宙の小石』、1950年
15.『暗黒星雲のかなたに』、1951年
16.『宇宙気流』、1952年
〈その他〉
17.『永遠の終り』、1955年
18.『ネメシス』、1989年
またアシモフの死後にほかの作家によって書かれた作品として以下がある。
〈新・銀河帝国興亡史〉
19.『ファウンデーションの危機』、1997年。グレゴリイ・ベンフォード著
20.『ファウンデーションと混沌』、1998年。グレッグ・ベア著
21.『ファウンデーションの勝利』、1999年。デイヴィッド・ブリン著
19─21は後にゆずり、ここでざっくりとアシモフの世界史を、作品世界内の時系列順に紹介してみよう(文末のカッコ内の数字は、リスト中の作品につけた数字と対応している)。
21世紀、人類は高度なロボットを開発、様々な仕事を彼らに行わせるようになる。科学者たちは事故を防ぐために「ロボット工学三原則」によってロボットの行動を律しようとするが、それでも様々なトラブルが発生する。(8─11)
一方、人類は超光速航法を開発、太陽系の外へと進出する。(17─18)
かくして人類は、トランターという惑星を中心に銀河系内に版図を広げていく。(14─16)
だが、そんな中、人類とロボットはやがて道を分かつことになり、ロボットは人類世界から姿を消し、存在を隠して人類を見守っていくことになる。(12─13)
こうして人類は銀河系全体を支配する巨大な銀河帝国を構築、一万年もの長きにわたる平和と繁栄を享受する。
しかし、その繁栄にもついに陰りが見えた頃、数学者ハリ・セルダンは人類の未来を数学的に予測するという心理歴史学を提唱、その結果に基づいて、来るべき暗黒時代を数万年から数百年に短縮するべく、第二銀河帝国建設のため、二つの「ファウンデーション」を設立する。(6─7)
セルダンの計画は、予想外の障害に遭いながらも、様々な人々の尽力によって進められていく。(1─3)
だが、セルダン計画発動から500年後、人類、姿を消していたロボット、そして新たに姿を現した超有機体「ガイア」のあいだで、人類の未来について最終的な決断が下されることとなる。(4─5)
作品の発表順と、作品内での時系列順が全然違うので、未読の方は戸惑われるかも。ちなみに、今から読むばあいでも、やはり作品内の時系列順ではなく発表順に読むほうが読みやすいだろう。
心理歴史学は集団の未来を予測する
さて、〈銀河帝国興亡史〉初期三部作(1─3)、そして『われはロボット』と『鋼鉄都市』(8─9)は、オールドファンなら誰もが読んだことがあろう超有名な作品であり、まさにアシモフの代表作と言える作品だ。
これらの作品の中心的アイデアである「心理歴史学」と「ロボット工学三原則」は、今もSF史に残るアシモフの偉大な発明と言えるだろう。どちらもそのシンプルな設定が、複雑で専門的な知識よりも、それ自体の論理性に重きを置いているのが特徴で、だからこそ科学の進歩を経ても風化することなく、誰にでもわかりやすくてアピールするアイデアとして今もなお生き残っているのである。いや、さらに言うならば、社会心理学もロボット工学もまだろくに発達していなかった1950年時点で、これらのアイデアを純粋に論理的な帰結として生み出したところに、アシモフの科学的な思考の凄みがある。
特に「心理歴史学」は、数学的に人の行動を予測し得るとした点で、現代における「行動経済学」との相似も大いに見られる、非常に先駆的なアイデアだと言える(一方の「ロボット工学三原則」は、あくまでもロボット設計のためのルールであって科学的な新規性はない)。
アシモフは、〈銀河帝国興亡史〉初期三部作(1─3)の執筆時点では、エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』を参考に、遠い未来の人々の栄枯盛衰を、ターニングポイントとなる出来事ごとに異なる登場人物たちを置いて点描している。このため、シリーズ全体を通した主人公は存在しない。その代わりとして全体を貫いているのが、人類文明の早期再生のための「セルダン計画」とその基礎となる「心理歴史学」というアイデアだ。しかも、心理歴史学の未来予測は、対象が一定以上の大人数でないと機能しないという設定が素晴らしい。これこそまさに、「個としての人間」ではなく「種としての人類」について描いた、SFらしいSFの証だと言えよう。
集団か、それとも個か
ところが、長い中断のあと、1980年代に未来史の執筆を再開したアシモフは、まったく異なる方向にその舵を切る。
それが、『ファウンデーションの彼方へ』、『夜明けのロボット』、『ロボットと帝国』、『ファウンデーションと地球』の四連作だ。ここでアシモフは、それまで別個の世界だと考えられていた〈ロボットもの〉と〈銀河帝国興亡史〉の世界を、一つの未来史として統合した。しかも、人類の歴史を、ロボットたち、中でも『鋼鉄都市』や『はだかの太陽』で名探偵として活躍したR・ダニール・オリヴォーが陰から見守り、支えようとしてきたと明かしてみせたのだ。
そしてそのあと、自身最後の作品となった『ファウンデーションへの序曲』と『ファウンデーションの誕生』では、時間軸を第一作『ファウンデーション』以前まで巻き戻し、心理歴史学とセルダン計画の構築に奔走するハリ・セルダンの姿を描いてみせた。
これらの作品群は、「種としての人類」を守るために活躍する「個人」であるオリヴォーとセルダンの物語だと言ってもいい。つまりアシモフは、最晩年のこれら6作品で、〈銀河帝国興亡史〉を人類という「種の物語」から、オリヴォーとセルダンという「個人の物語」に変えてしまったのだ。
ところがさらに、人類の未来そのものについては、銀河系全体が一つの超有機体「ギャラクシア」へと統合されるというビジョンを、アシモフは示してみせた(それはまるでクラークの『幼年期の終わり』や、『新世紀エヴァンゲリオン』の「人類補完計画」のようだ)。
結局のところ最晩年のアシモフは、集団よりも個としての在り方にこそ、価値を見出したのであろうか。それとも、個々人の存在しない、というより「種=個」のような「他者の存在しない」知的生命体の在り方に、何らかの希望を求めたのだろうか。
アシモフの真意を聞くことはもはやかなわぬ夢だが、彼の残した〈未来史〉の作品群を読むことで、彼の思索の変遷を追うことは今も可能だ。興味を持たれた方は是非とも挑戦していただきたい。
ちなみに、ここまで言及してこなかったが、〈新・銀河帝国興亡史〉(19─21)は、アシモフの死後、1980─90年代のハードSFを代表する作家である、グレゴリイ・ベンフォード、グレッグ・ベア、デイヴィッド・ブリン(皆、苗字がBで始まるため、「3B(スリー・ビー)」と呼ばれる)が、現代的な設定(カオス理論など)を盛り込み、シリーズ全体の矛盾をなくし、さらにはちょっとしたアクロバティックな手法で、すべてをハリ・セルダンの視点から描いてみせた変奏曲となっている。アシモフの後輩たちによる、アシモフの思想の「答え合わせ」というところだろうか。それが正しいかどうかは、読者の判断次第。こちらも一読の価値はあるだろう。


堺三保




