【 #ゲンロン友の声|044】人生で初めて哲学書に関心を持ちました

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webゲンロン 2026年8月17日配信

今まで哲学書が合わなくてあまり読んできませんでしたが、最近人生で初めて哲学に関心を持ち始めています。そこで、無心で世界の名著と日本の名著を一巻から読んでいこうかなと思うのですが、海外在住なので実家から親の蔵書を取り寄せるのも億劫です。ならば収録リストを参考にKindle版もある岩波文庫で読もうかなとも思うんですが、名著シリーズは一流の専門家の解説が良かったんだよなとも思うので迷っています。哲学の流れをおさえるおすすめの読書法は何かありませんか?(海外・30代・男性・会員)

 人生で初めて哲学に関心をもった! いいですね。『マトリックス』の有名なセリフをもじっていえば、「哲学界の砂漠にようこそ」という感じです。哲学は不毛です。なんの役にも立たない。どこにも辿り着かない。それなのに終わりがない。がんばっていきましょう(笑)。

 さて、質問者さんが名前を挙げている中央公論社さん(まだ新社になる前)の『世界の名著』と『日本の名著』。あれは確かによいシリーズでした。古典自体のコンパクトな翻訳と充実の解説がセットになっていて、入門でありながらきちんと原著の魅力を伝えていた。哲学は原著に触れないとぜんぜんおもしろくないんですよね。日本語訳や現代語訳で読むのはかまいません。けれども、過去の哲学者の結論だけ覚えても、それこそなんの役にも立たない。「ルソーは『自然に帰れ』と言った」とかだけ知っても、はあ、そうですかという感じじゃないですか(しかもそもそもルソーはそんなことを言っていないらしいし)。その点で『名著』はバランスがよかったのですが、残念ながら、いまは相当するシリーズは存在しません。

 それにしても、なぜ哲学は原著に触れないとダメなのか。これはまさに哲学の本質に触れるところで、語学との比較で考えるとわかりやすいかもしれません。哲学は(少なくともある種の哲学は)語学に似ています。ルソーの哲学を学ぶというのは、ルソー独特の言葉遣いを学ぶということです。ルソーは確かに「自然に帰れ」に似たことは言っている。しかしそこで「自然」とはどういう意味かがわからなければ、結局ルソーの真意はわからない。そしてそれは、日本語とフランス語で「自然」という言葉の意味が違うとか、18世紀フランスの自然観は現代の自然観と異なるとか、そういう話とも異なっている。いや、部分的にはそういう話でもあるのですが(だから哲学史の研究が大事なのですが)、ルソーの言葉にはときに彼独特のニュアンスが込められていて、そこを掴むためには結局のところルソーのテクスト自体をあるていど読むしかない。つまり、「ルソー語」のネイティブの発言に多く触れるしかない。

 哲学を学ぶとは、その哲学者の言葉遣いを学ぶことにほかならない。というよりも、ぼくたちは、そんなふうに「世の中で何気なく使われている言葉に勝手に独自の意味を込め、思考の道具にしてしまったひと」のことを哲学者と呼んでいるのだと思います。だから、ほかのひとが内容をコンパクトにまとめた文章を読んでもダメなのです。問題は言葉遣いを学ぶ=真似ることにあるのだから。

 少し前置きが長くなってしまいました。質問は「哲学の流れをおさえるおすすめの読書法は何かありませんか」でした。以上の話から察せられるかもしれませんが、ぼくとしては、残念ながらそんな読書法は存在しないというお答えになります。

 というよりも、哲学というのは、本質の本質では「哲学の流れをおさえ」てもあまり意味がないものなのです。むしろ重要なのは、ひとりでもふたりでもいいので、だれか好きな哲学者を作ることです。そしてそのひとの言葉遣いを真似てみる。そのひとの目で世界を見てみようとしてみる。それがあるていどできれば、自ずと、そのひとが読んでいた先行世代の哲学者にも興味をもってくるし、そのひとがいた時代にも関心が出てくる。「哲学の流れをおさえ」るのはそのあとでいい。

   あえて言えば、全体の俯瞰から入らず、まずは局所的な個人への関心から始めること。それがぼくのお勧めの読書法ということになるでしょうか。その好きな哲学者に出会うためなのであれば、「無心で世界の名著と日本の名著を一巻から読んでいこうかな」というのは、まったく悪くないスタートだと思います。(東浩紀)

東浩紀

1971年東京生まれ。哲学者、ZEN大学教授。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。著書に『存在論的、郵便的』(第21回サントリー学芸賞)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015)、『観光客の哲学』(第71回毎日出版文化賞)、『ゲンロン戦記』、『訂正可能性の哲学』、『訂正する力』、『平和と愚かさ』など。
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