農村の生活 飛び魚と毒薬(7)|石田英敬
私たちは、直近の4回の連載(第3回−第6回)では、〈68年5月〉の出来事を歴史的に語ってきた。その間、ベルナールを1968年5月3日金曜日の午後3時半頃セーヌ河岸のジベール・ジュンヌ書店の店頭に置き去りにしてきてしまった(連載第3回を参照)。そこで、今回は彼個人の物語に戻ろうと思う[★1]。
モリエールの古本を探していた16歳になったばかりのベルナール君の背後で、機動隊の催涙弾が炸裂し、振り向くともうそこには〈68年5月〉の光景が拡がっていた。
映画『存在の耐えられない軽さ』を見た人は分かるだろう[★2]。ジュリエット・ビノシュ演じる写真家テレーザが、プラハに侵攻してきたソ連軍の戦車に出くわす場面を想い出してほしい。あんな風に、個人の物語が、記録映画のなかに入るように、歴史の出来事の場面に突然入り込んでしまうことが起こるものなんだ。
そして、ソルボンヌ広場の方へ駆けだしていって以後、三週間の間、ゲイリュサック街を中心としたバリケードを離れることはなかったと彼は述懐していた。その三週間、具体的にどのような活動をしていたのかは不明だ。しかし、映画『三十歳にして死す』[★3]の高校生活動家たちと同じようなトロツキズムの高校生運動だったといっているからおおよその見当はつく。
そして、すでに語ったように、その後、フランスでは〈68年5月〉の出来事の高揚と敗北があり、翌年には、国民投票の信任を得られなかったドゴール大統領は退任。この戦後フランスの大立役者は、1970年にひっそりと世を去る。
他方で、現代史の激動は続いていた。
ベトナム戦争は、ニクソンの時代(1969年-)になって「ベトナム化 Vietnamization」が進められたが(米軍の撤退をこう呼んだのだ)、中ソの介入や、アメリカのカンボジア侵攻(1970年)へと続いていた。
68年は、ソビエト連邦を初めとしたワルシャワ機構軍によるチェコ介入による「プラハの春」の弾圧と動乱の日々があり、日本でも69年の東大安田講堂事件を頂点とする学生反乱があり、歴史は1970年代へと容赦なく向かっていったのだった……。
★2 『存在の耐えられない軽さ The Unbearable Lightness of Being』、フィリップ・カウフマン監督、1988年。
★3 このドキュメンタリ映画については第3回で言及した。URL= https://fr.wikipedia.org/wiki/Mourir_%C3%A0_trente_ans
★4 レイモン・マルスラン Raymond Marcellin(1914-2004)は、1968年から1974年までドゴール政権、ポンピドゥー政権の内務大臣を務め、68年5月の事件後の秩序の回復を体現した政治家。第二次大戦中は対独協力のヴィシー政権の官僚で勲章を受けながら同時にレジスタンスに協力するなど両義的な過去を持つ。「絶対的な反共産主義」を信条として戦後は政界に進出。16の内閣の大臣を務めた。
★5 URL= https://www.humanite.fr/medias/-/bernard-stiegler-le-chantier-du-xxie-siecle-inventer-un-nouveau-mode-de-vie
★6 バルデック・ロシェ Waldeck Rochet(1905-1983)。1964年からフランス共産党書記長、のちに左翼連合を率いて大統領となるフランソワ・ミッテランを1965年の大統領選で支援、1968年にはソ連のチェコ介入を批判し全ヨーロッパ共産党の会議を呼びかけるなど、穏健的なヨーロッパ共産党改革派であったが、68年のモスクワ訪問後に体調を崩し神経性の病気にかかり仕事を続けるのが困難になった。1972年党書記長を退任。共産党員で大詩人のアラゴンはのちに、「彼には、モスクワには行くなと忠告した。生きては帰ってこれないと分かっていた」と言い残している。
★7 ジョルジュ・マルシェ Georges Marchais(1920-1997)。病気のバルデック・ロシェ書記長の補佐として1970年にフランス共産党副書記長に就任、1972年に書記長に選出される。前任のロシェの路線を引き継ぎ、社会党他の左派政党との共同綱領にもとづくミッテランの左翼連合政権の樹立に貢献。他方で、1970年代のソビエト連邦の拡張主義に対して迎合的な姿勢をとり次第に共産党の退潮を招いた。
★8 バルバラ・スティグレール Barbara Stiegler (1971年-)は、1994年に哲学教授資格(アグレガシオン)を取得。2003年にニーチェについての博士論文でソルボンヌ大学博士号取得、現在、ボルドー・モンテーニュ大学哲学科教授。ニーチェについての著書、および、ネオリベラリズムの生政治批判の著作、などを発表、社会・時事問題についても、コロナ下での大学の閉鎖に対して「大学の即時再開を求める」声明(https://www.liberation.fr/debats/2020/11/28/pour-la-reouverture-immediate-des-universites_1806927/)を発表するなど、活発に発言している。
★9 日本でも1970年代に、マンガやテレビで「同棲時代」とかのテーマがはやったのは同じような人口動態と関係しているだろうか?
★10 ヌヴィルト法は、「避妊、とくに経口避妊薬の使用をみとめた1967年12月19日付のフランスの法律」のこと。提案したドゴール派議員リュシアン・ヌヴィルト Lucian Neuwirthの名から「ヌヴィルト法」と呼ばれている。ヴェイユ法は、「人工妊娠中絶に関する1975年1月17日付のフランスの法律」。ジスカール・デスタン政権の厚生大臣シモーヌ・ヴェイユSimone Veilが法案を起草し提案したので、「ヴェイユ法」と呼ばれる。
★11 「フランスのもっとも美しい村 Les Plus Beaux Villages de France」は、「質の良い遺産を多く持つ田舎の小さな村の観光を促進する」1982年に設立された協会で、この協会の選考基準を満たして認定を受けた村は、以下のwikipediaのページで確認できる。URL= https://www.les-plus-beaux-villages-de-france.org/fr/nos-villages/ 現在176村が認定を受けているようだ。
モンフランカンの紹介ページは以下。URL= https://www.les-plus-beaux-villages-de-france.org/fr/nos-villages/monflanquin/
★12 「ルノー・16」については、こちらのウィキのページを参照。URL= https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AB%E3%83%8E%E3%83%BC%E3%83%BB16

石田英敬





「いまこそ激動の時代」だなんて口で言うのは誰にもたやすく、しかしこの連載の優しいナレーションに身を任せていれば、動いて流れる時代の奔流のなかにこそまさしく「現代思想」があるのだと、心臓をもって直観できる。 都市を描いた第1回~第6回から、目が離せないベルナールの田舎生活へ内容が変わるに合わせ、文のリズムにもぐっと調律がなされる。第8回以降でまたどこに連れて行かれるのかは分からない。その分からなさこそ人生に似ていて(クロス・バイオグラフィーの妙だろうか)、それに、いや読書体験とはそもそもそういうものだったじゃないかとも思い出す。