【 #ゲンロン友の声|040】ショート動画を見るのはものづくりですか?

シェア
webゲンロン 2026年4月24日配信

こんにちは、いつも書籍やシラスで楽しませていただいています。ありがとうございます。

今回は最近東さんがよく言う「物作り」について質問させてください。

「アクションではなく物作りが公共性を作る」という言葉が心に刺さりすぎており深く考えています。

というのも、自分もそうなりたい!って思いつつも、今の自分の生活や仕事でそんなことができるのか?と疑ってしまっているからです。

自分は子どもの支援に関わる仕事をしていて、日々の現場は頑張っているつもりですが、これはただのアクションかぁとか思ってしまいます。もちろん仕事をやるのは大事ですし、私が物つくりをやらなければならない必然性はないかもしれませんが。

本を書く、映画を作る、何かしら物を作る・・・・以外やっぱり物つくりではないのですかね?

ゲンロンのショート動画を繰り返しみちゃったりしてますが、それは物に入るのか・・・。

素人質問ですみません。これからも応援していきます。

※もちろん友の会会員です!(静岡県・30代・男性・会員)

 質問、ありがとうございます。

 ぼくは最近、ものづくりが大事とか、ものが生み出す公共性が大事とかよく言っています。ふつうに聞いたら製造業やクリエイターの話をしているのかな、と思うのかもしれません。実際そういう意味も込めています。

 でも、日本語の「もの」は必ずしも物質や作品だけを指す言葉ではありません。むしろ辞書を引くとおそろしく多様な意味であることがわかります。たとえば小学館の『日本国語大辞典 第2版』(2001年)によれば、「もの」は確かにまず第一に「形のある物体・物品」を指すけれども、他方で「具体物から離れて抽象化された事柄、概念」も意味する言葉であって、用法によっては肯定的にも否定的にもなると記されている。実際、財産を表すときも幽霊を指すときも性器の隠語になるときもあり、はてはなんとなく形容詞のあたまにくっついてニュアンスを広げることもある(ものさびしいとか)らしく、もうなんでもありという感じです。つまりは、この世界のありとあらゆるものは「もの」なわけで、したがって「ものづくり」もまた製造業とかクリエイターとかに限定する必要はない。むしろ、すべてのものが「もの」である以上、あらゆる仕事には「ものづくり」の側面があると言えると思います。

 とはいえ、このように答えると、こんどは、あらゆるものが「もの」で、あらゆる仕事が「ものづくり」なのであれば、ことさらに「ものづくりが大事」とか「ものが生み出す公共性が大事」とか言う必要はないんじゃないの、という新たな疑問が生まれるかもしれません。ついでなのでその疑問にもお答えしておくと、『訂正可能性の哲学』で記したとおり、ぼくがハンナ・アーレントのいうところのアクション(活動)とワーク(ものづくり)を峻別するときの要点は、そこで、物体を作るかどうかというより、むしろなにかの行為や運動が時間的に持続するかどうか、つまり「持続可能性」のほうへの注目にあります。

 アクションという言葉とその仲間には、現在性への強い傾きがあります。アクティビスト(活動家)は現在の政治を動かそうとするひとのことですし、アクチュアルという形容詞はいま時事的に重要という意味になります。フランス語で「アクチュアリテ」はニュースという意味の単語になります。アクションとは、あくまでも現在の世界に働きかける行為です。だから、アーレントの哲学においては、政治参加がその代表になるわけですね。

 それに対して、でも公共性って現在の時間だけではつくられないよね、というのがぼくのアーレントへの(より正確には現在の主流なアーレント読解への)問いかけであり、問題提起なのです。現実には、人間社会における公共性は、過去から延々と蓄積されてきた制度、法、文学、芸術、言語化されない習俗や物理的な土地などさまざまな「共有財」(コモンズ)の継承のうえに成立しています。そしてまた、人間はつねにいまだ存在しない未来の子孫のことも考えてしまう生き物であって、そのような配慮もまた公共性が成立するための重要な条件になっています。つまり、公共性は単なる公共「空間」であってはならず、過去と未来にも広がる公共「時空間」でなければならない。そしてそのような時間的な広がりを考えるためには、アクションだけではなく、ワーク(ものづくり)への注目が必要なんだというのがぼくの主張なのです。

 長くなりました(哲学の話をするとどうしても話が長くなります)。というわけで、結論を言いますと、「本を書く、映画を作る、何かしら物を作る・・・・以外やっぱり物つくりではないのですか」という問いに対しては、すでにおわかりのとおり、「まったくそんなことはない」というのが答えになります。とりわけ、質問者さんのお仕事について言えば、それは立派な「ものづくり」だと考えられるような気がします。なぜならば、子どもを育てるとは、つまりは未来をつくることであり、公共性の範囲を時間的に広げることにほかならないからです。

 というわけで、がんばってください! ただし、ショート動画を見ることについては、さすがに単純に「ものづくり」だとは言えないかもしれません(笑)。視聴しすぎにはご注意を。(東浩紀)

東浩紀

1971年東京生まれ。哲学者、ZEN大学教授。博士(学術)。株式会社ゲンロン創業者。著書に『存在論的、郵便的』(第21回サントリー学芸賞)、『動物化するポストモダン』、『クォンタム・ファミリーズ』(第23回三島由紀夫賞)、『一般意志2.0』、『弱いつながり』(紀伊國屋じんぶん大賞2015)、『観光客の哲学』(第71回毎日出版文化賞)、『ゲンロン戦記』、『訂正可能性の哲学』、『訂正する力』、『平和と愚かさ』など。
    コメントを残すにはログインしてください。

    ゲンロンに寄せられた質問に東浩紀とスタッフがお答えしています。
    ご質問は専用フォームよりお寄せください。お待ちしております!