ゲンロンサマリーズ(10)『独立国家のつくりかた』要約&レビュー|常森裕介

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初出:2012年6月19日刊行『ゲンロンサマリーズ #10』
坂口恭平『独立国家のつくりかた』、講談社、2012年5月
レビュアー:常森裕介
 
 
 
要約
レイヤー(層)を見つけ出せ ● 人間はお金がないと生きていけないというのは本当か? なぜ家賃は大地ではなく、大家さんに払うのか? ● 路上生活者は都市の中に無数のレイヤーを見出し、都市空間のすべてを家にして、廃棄されるシャリや捨てられたプラチナといった「都市の幸」で暮らしている。 ● 社会システムや法律といった「匿名化したレイヤー」を変えるのではなく、その中に多層なレイヤーを見つけ出すべきだ。 ● 「高い解像度」をもって空間に接すれば、例えば同じ敷地にある隅田公園と隅田川河川敷の所有者が違うことに気づき、レイヤーの「裂け目」や空間の「ほつれ」を認識できる。
独立国家はどうやって生まれるか ● 福島第一原発事故の際、住民の避難に手をこまねいた政府を見て、著者は、命を軽んじる現政府は政府ではないと感じ、新政府を設立することにした。 ● 現在の土地所有は、所有の喜び徴税の利便性という二つのレイヤーで成立している。 ● 車のボンネットに植物が繁茂する中野区の一軒家は「公立公園」であり、これが新政府の基礎となる「プライベートパブリック」である。 ● 私有を否定するのではなく、私有の概念を拡大する。例えば、路上生活者の家は「寝室」であり、都市全体が彼らの「居間」である。 ● 新政府の総理大臣は著者であり、その活動は「内乱」ではなく「芸術」である。 態度経済の中で交易せよ ● 「態度経済」とは単に物質を「交換」するのではなく、感情や知性を伴った態度で「交易」することで成り立つ。 ● 黒胡椒を金と交換するとき、黒胡椒をもつ者は、匂いをかがせ、目の前で調理し、金を得る。これが「交易」であり、人間同士の直接的な出会いによって成り立つ。 ● 「学校社会」=匿名化したレイヤーを生きながら、「放課後社会」=独自のレイヤーで交易する必要がある。 ● 才能に「音色」はあるが上下はない、新政府では、才能がある人は「大臣」になれる。 ● 新政府は、お金がなくても生きのびられる生活圏=「Zero Public」の形成を目指す。
レビュー
 本書は著者が路上生活者のライフスタイルを研究した成果を踏まえ、それを世界への眼差しや経済のあり方といった問題に抽象化し、さらに国家の設立という形で具現化した、理論と実践の二つの側面をもつ書物である。著者が設立した新政府は、そこに住む人間の生きる姿勢が、政府のあり方にダイレクトに反映される共同体である。  独自のレイヤーを見つけ出し、「態度経済」の中で交易する個人は、お金はないかもしれないが、強くて能動的な人間とみることもできる。これは、例えば路上生活者を弱者と捉え支援する、という考え方とは一線を画す。新政府では、誰もが自分に必要な資源の量を自覚し、何かしらの才能をもった「大臣」であり、誰かの「パトロン」になりうる。他人が困っていれば惜しみなく支援し、自らが危機に瀕したときは遠慮なく支援を受ける。そこには、例えば生活保護受給者を過剰に保護したり、あるいは保護されていることを理由にバッシングするような、一方的な関係はない。新政府の領土には、お金がない人も障害をもった人もいるが、弱者はいない。  本当に誰もが独自のレイヤーを見つけ強くなれるのか、そんな疑問も浮かぶ。著者は自身が躁鬱を経験し、鬱状態の中でひたすら思考し、物事を正確に判断する力=「絶望眼」を身につけたと述懐する。加えて、自分自身がどのように「交易」してきたか様々なエピソードを紹介している。著者自身が支援する側と支援される側を行き来しているのである。本書が説得的なのは、路上生活者の実践例だけでなく、総理大臣(著者)自身が生きる姿勢をさらし、理念を語っているからに他ならない。
 
 『ゲンロンサマリーズ』は2012年5月から2013年6月にかけて配信された、新刊人文書の要約&レビューマガジンです。ゲンロンショップにて、いくつかの号をまとめて収録したePub版も販売していますので、どうぞお買い求めください。
『ゲンロンサマリーズ』ePub版2012年6月号
『ゲンロンサマリーズ』Vol.1-Vol.108全号セット

常森裕介

82年生。東京経済大学准教授。専攻は社会保障法。第1期ゲンロンファクトリー受講生。
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