タイパを求めてどこまでも SNSコメンテーターたちの“正解” 前略、塀の上より(5)|高橋ユキ

コンテンツ過多の時代、タイムパフォーマンスを求める人が増えたと言われる。タイムパフォーマンス、略してタイパは、コスパの時間バージョン。かかった時間に対する満足度を表す言葉だという。その時間でどれだけ効率良い行動ができるかが重要なようだ。
話題となった2冊の書籍『映画を早送りで観る人たち ファスト映画・ネタバレ──コンテンツ消費の現在形』、『先生、どうか皆の前でほめないで下さい──いい子症候群の若者たち』に関する記事には、タイパを求めて動画コンテンツを倍速視聴することと若者の「いい子症候群」の共通項に触れられており、「『とにかく結論や正解を早く教えてほしい』など、倍速で観る人たちとの共通項は多そうです」とある[★1]。
倍速で動画コンテンツを視聴するという流れが進むと同時に、動画の尺そのものに変化が生まれてもいる。YouTube ではショート動画の投稿数が明らかに増加し[★2]、ユーチューバーの収益減少を招いている。単純に一再生あたりの広告料が通常の動画よりも少ないからだ。
タイパ重視で正解や結論を早く知りたがる……それはなにも若者に限った話ではないように思える。そもそもウェブのテキストメディアにおいては、かねてより読者がタイパを重んじていることは知られていた。「記事の文字数が多すぎると最後まで読んでもらえない」と言われていたからだ。オチまで読者の我慢がもたないのだという。そのため、ひとつの記事を1200文字程度におさめるように……といった指示を受けたこともあった。テキストメディアも動画メディアも、短時間に結論を提示できないコンテンツはいま “受け手に対して不親切” だとされ、もっと言えば “ダメなコンテンツ” とみなされがちだ。とにかく落ち着かない世の中になった。 さてこのようにタイパ重視で早く結論が欲しい、という傾向が進むと同様に、ニュースで何か事件が報じられると、その事件の構造はこうだ、と早々に結論づける動きが主にSNS上で散見される。早く結論が欲しいという動きは、早く自分で結論を出したいという動きと同義なのだろうか? 直近の大きな例でいえば、札幌・すすきの首切断事件にまつわるものだ。
事件は今年7月に起きた。札幌・すすきののホテル内で62歳男性が殺害され、その頭部が持ち去られた。約3週間後、北海道警は札幌市厚別区に住む親子3人を死体損壊容疑で逮捕。のちに殺人罪でも再逮捕となった。逮捕された3人は、精神科医である父親とその妻、そして無職のひとり娘。被害者は女装をすることがあり、その姿で札幌でのイベントに参加することがあったとも報じられている。殺害の直前もイベントに参加していた。
逮捕された親子3人と被害者との関係、そして動機についての報道が続いていたが、その中のひとつの記事に “ひとり娘は不同意性交等の被害者” であること、その “加害者が、今回殺害された被害者” であるという驚くべき内容のものがあった。逮捕された “ひとり娘の祖父” によるコメントの形で記事に盛り込まれている。祖父は3人の逮捕前、ひとり娘の母親からその話を聞いたとされている。また祖父は取材に “ひとり娘は男が大っ嫌い。そういう特殊な性格を持った子だ” といったことも語っていた[★3]。これが真実であれば、被害を知った両親が娘による男性への復讐を手助けしたという構図になる。
記事が公開されると、たちまち「ひとり娘は性暴力の被害者だった」という情報が広まり、SNS上で被害者への非難や、ひとり娘に対する同情の声があがった。「もともとの被害者はひとり娘」「親は娘を守るために戦った」などなどである。情報の受け手が事件の構図を結論づけてしまった。そのうえで殺害された被害者を非難する声もある。
だが、これが唯一の真実だと決めてしまうのは早計だった。なぜならその後、容疑者らは黙秘や否認をし、両親に至っては娘との共謀を否定したからだ。娘を守るために戦ったかどうかについても、両親らは語っていない。さらに両親は弁護士を通じてコメントを発表した。母親は逮捕当初「娘の犯行を止めたかったが、止められなかった」と供述していたと報じられていたが、その事実はなく、また両親は娘が事件を起こすとは、全く想像しておらず殺人と死体遺棄について共謀していない……というのである。
現時点ではほとんどが不明確、ただ両親が共謀を否定しているのみ。“分かりづらい” 状況に逆戻りとなったが、それはいまの時代に馴染まないのか、ひとり娘は性暴力の被害者だ、という声は現在も残る。母親が祖父に伝えた内容については、捜査機関から同様の発表が出ればその情報の信頼性も高まるが、未だそんな報道はない。
万が一のことを考えてみる。これが事実でなかったとしたら、被害者は殺害されたのみならずその名誉まで傷つけられたことになる。祖父のコメントは両者のセクシュアリティにも言及されており、極めてセンシティブな内容だ。そもそも、ひとり娘が “特殊な性格を持った子” であるといった情報もアウティングであろう。どれをとっても気軽に発信できる事柄ではないが、そんな細かいことをSNSで言おうものなら、「性暴力の被害者の心の傷を否定している」と曲解されて炎上しかねない。SNSにはそんな暴力性がある。細々とした話は “分かりづらい” ため、受け手の中で認識しやすい意見に変換されてしまう。つまり同意以外の声は否定とみなされる空気がある。
当事者と自分自身とを重ね合わせて強い共感を覚えるがゆえに、結論を早急に下すという面もあるだろう。2019年、難病のALSを患う女性から依頼を受け、殺害したとしてふたりの医師が逮捕されるという事件があった。うち1人の元医師(医師免許取り消し)については現在、京都地裁で裁判員裁判が続いている。もう1人の医師については、まだ公判が始まっていない。
逮捕当時、公判が始まっていないほうの医師の妻がブログで「夫はアスペルガー症候群です」といった記事をアップした。すでに削除されているが、要約すると、アスペルガーのために続けられない仕事があり、その後も短期間で転職を繰り返したという内容だった。だが警察発表には、医師の精神面についての情報はない。事実かどうかは不明だった(現在も同様の状態)。ところが、ブログに記事がアップされてからSNSには “医師の妻はカサンドラ症候群だったのでは” といった声があがり始める。カサンドラ症候群(カサンドラ現象)とはデジタル大辞林によれば「アスペルガー症候群の配偶者やパートナーあるいは家族をもつ人が、相手との情緒的な交流の欠如や周囲の無理解などから、孤立感にさいなまれ、精神的に疲弊し、心身に変調をきたす」ことをいう[★4]。
妻がカサンドラ症候群だったのでは……というSNS上の推測の声は徐々に、あたかも確定情報であるかのように姿を変えた。それとともに、妻への共感や同情が集まり始めた。「周りの理解者を増やすべきだった」といったアドバイスだけでなく「ASDやカサンドラに対する社会的な当たりも強くなっていきそう」「カサンドラ界隈の注目の事件になってしまう」といった心配の声もあがってゆく。こうして、議論の対象は事件の当事者ではなく、何か別のものへと移り変わっていった。
先ほども書いた通り、医師の精神面について、捜査機関側の発表はない。が、この “医師の妻はカサンドラ症候群” 情報は広まり、そのうえ “妻は逮捕された医師とのコミュニケーションに疲弊していたのだ” といった雰囲気ができあがってゆく。こうなってしまうと、少し冷静になったほうがいいのでは、といった意見も、まだ分からない、という意見も、先と同様に “ASDのパートナーを持つカサンドラ症候群の方々を否定する” ことであると曲解される状態になる。むしろ “精神的な問題を持つ方への配慮のない発言” とまで言われる事態に発展してしまう。当時のツイートは削除してしまったが、私もそのような批判を受けた。SNSで優勢な意見とは異なる見解を持つことを公にするのは、否定と同義なのだと知った。
早急に結論づけを行う方々のSNSアカウントの発信を見てみると、まさに自身をカサンドラ症候群であると認識している方だったりもする。立場上、共感したうえで自身と重ね合わせて結論づけたのだろうか。さらに発信を追うと、自身の当事者としての思いが語られている場合もある。ところが、そういった共感や結論づけといった発信が終われば、すぐに別の話題に移ってゆく。ひとしきり眺めて思う。事件の当事者にまつわる情報を枕に、自分語りをしたかったのか……と。
タイパ重視、早めに結論を求め、異なる意見は排除する。もう少し落ち着いてほしい、と思いはするものの、それは無理な話だということも分かっている。一旦結論が出れば、彼らの中でそのトピックは完結する。シーズン2にまで興味関心は続かない。結論を出し続けることが、生まれ持った使命であるかのごとく、次から次へと別の事象を探して移動してゆくだけだ。
忘れられない事件がある。2007年5月、東京・町田市で入籍まもない妻の首を絞めて殺害したとして夫が逮捕された。逮捕当時、男は「自分の携帯電話に保存していたわいせつ画像を妻に見られ腹が立った」と供述していた。そんな些細なことで妻を殺害するとは、どれほど短気な男なのかと思っていたのだが、傍聴してみたら、それは最後の防波堤が壊れるきっかけにすぎないと分かった。
まだ東京地裁立川支部がない時代のこと。裁判員制度も始まっていない。東京地裁八王子支部での公判で明かされた事件の詳細は、想像を絶するものだった。男は妻と飲み屋で偶然知り合い、交際ののち、2007年2月に結婚したが、妻はけんかになると男を殴り、家具を壊したりするようになった。わいせつ画像は男が集めていたものではなく、友人がふざけて送ってきたものだったという。ところがそう伝えても、妻は納得せず、鉄アレイやパイプ椅子を男に投げつけたりと、怒りがおさまる気配はない。最後には男の友人知人に手当たり次第に電話をかけ「私たち別れますから!」と宣言。男の元交際相手にも電話をかけ暴言を浴びせた。そして男を殴りつけ、言ったのだった。
「ぶっ殺してやる! 元カノもヤクザにまわさせて会社の前に捨ててやる、お前のものは全部壊してやる」
わいせつ画像ではなく、この言葉によって、男は妻を殺害することに決めたという。自分だけならまだしも、他者へ妻が危害を加える……そう思ったからだった。
罪状認否で男はこう述べていた。
「私は、妻のことをあまり知らなかったのかもしれません。私は毎日妻の機嫌を取る事が日課でした。100回以上殴られて、耳から血が出るまで噛まれたり、手首を切られた事もあります。
でもそんな暴力も、入籍すれば落ち着くのではないか、マンションを買えば落ち着くのでは、良くなってくれると思っていました……」
もしこの事件が令和のSNS全盛期時代に起こっていたとしたら、逮捕時の報道を受けて、世間はどんな “タイパ重視の結論” を下していただろう。〈わいせつ画像の所持を咎められただけで激昂する暴力夫〉といったところだろうか。実際は全然違った。
いまも時折、この裁判のことを思い出す。そして、タイパの時代であろうとも、結論を急がず、じっくり物事を見ていきたいと思うのだった。
参考文献
「警察の取り調べに"黙秘"『検察にはすべての事実供述しています』両親の弁護人がコメント…ススキノ首切断殺人事件」、『北海道ニュースUHB』、2023年8月24日付。URL= https://www.uhb.jp/news/single.html?id=37351
「【ススキノ首切断】両親の弁護人が共謀を否定『娘が事件起こすとは全く想像しておらず殺人と死体遺棄について共謀していない』」、『北海道ニュースUHB』、2023年8月19日付。URL= https://www.uhb.jp/news/single.html?id=37247
「ALS患者嘱託殺人事件 初公判で元医師“共謀も実行もせず”」、『NHK NEWS WEB』、2023年5月29日付。URL= https://www3.nhk.or.jp/kansai-news/20230529/2000074039.html
「ALS患者を安楽死させた医師の妻『夫はアスペルガー症候群です』」、『5ちゃんねる』、2020年7月23日スレッド作成。URL= https://leia.5ch.net/test/read.cgi/poverty/1595515931/
★1 稲田豊史、金間大介「なぜ今の若者たちは『映画を早送りで観る』のか」、『東洋経済オンライン』、2022年10月24日付。URL= https://toyokeizai.net/articles/-/625855
★2 株式会社エビリー「2023年のショート動画はどうなる?最新トレンド調査」、『PR TIMES』、2023年1月24日付。URL= https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000193.000021986.html
★3 集英社オンライン編集部ニュース班「〈札幌すすきの・首切断逮捕〉動機は不同意性交⁉『瑠奈は男が大っ嫌いなんさ。相手が女装してたから油断してホテルに…』祖父が語った顛末と逮捕当日の浩子容疑者との電話『2度と現れないと言ったのに現れたから…』」、『集英社オンライン』、2023年7月25日付。URL= https://shueisha.online/newstopics/149779
★4 デジタル大辞林「カサンドラ現象」。URL= https://kotobank.jp/word/%E3%82%AB%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9%E7%8F%BE%E8%B1%A1-1714290


高橋ユキ
1 コメント
- TM2023/10/12 21:32
タイパを求める時代と表層の理解をつなげるとても興味深い記事でした。 札幌の事件もALS関連の事件もはじめこそセンセーショナルに報じられ、すでにほとんど続報がない状態です。 前者における祖父の話や後者の妻の話はそのソースを踏まえれば誰しも留保するものだと思いますが、わかりやすく完結した物語を欲する第三者のため報道が加工されているように感じます。 そしてわかりやすく完結した物語を欲するというのは確かにタイパ志向と重なるわけで、指摘を受けて目から鱗でした。 コンパクトに単純化された情報は負荷も少ないし、完結するということはスッキリと消化できた座りの良さをもたらします。自分もそれに寄りかかれたら楽だとは思ってしまいますが、最後の事件の切り捨てられた部分を知るとそうした姿勢の恐ろしさにゾッとします。 では、そうしたタイパ志向、その根源はどこにあるのでしょう? その正体を掴まないと、いつの間にかタイパの心地よさに負けてしまいそうです。 考えていきたいテーマをいただきました。 ありがとうございます。
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