AIにメンケアされる私たち──感情労働はいかに代替可能か|佐々木チワワ

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2026年3月13日刊行『ゲンロンy』

 

 ある日の午後、髪を切った後に池袋のラーメン店に訪れた。カウンター6席のその店では学校終わりの男子高校生4人が大盛りのラーメンを啜り、その横にはカップルと思しき男女が座っていた。私は食券を買い、どちらかのグループが席を立つのを待つ。カップルの男女のうち、女性は並盛りを食べ終わり、スマホを両手でいじっている。男性の方は片方の手で大盛りの麺と格闘しつつ、もう片方の手でスマホで何かを見ていた。彼らに会話はない。女性の方のスマホ画面が見えた。ChatGPTを開いていた。ジロジロ覗き込んでいたわけではないので仔細まではわからないのだが、どうやら今の自分の状況を伝えつつ、別れるべきか、といった相談をしているようだった。結局男子高校生たちよりも先に彼らは立ち上がり、遂に店を出るまで会話を交わすことはなかった。

 その日の夜、電車で新宿に向かっていた。隣に座ってきた女性もまた、ChatGPTを開いていた。「またか」と思いつつ、ついつい画面に目がいってしまう。最近出会った気になる男性にどうアプローチをすればいいか、LINEのスクショや最近の会話の概要を打ち込んで相談しているようだ。私が高校生の頃は休み時間になれば大半の女子はツムツムを開いていたわけだが、それも直にAIになるのかもしれないな、と思った。

 AIを使うことが当たり前になりつつある社会。このように、街中でAIを開いている人をよく見かけるようになった。SNSの情報をまとめる時に、AIのアウトプットをスクリーンショットして参考にする人も多い。ジワジワと、AIが世界を侵食している。次なる「当たり前」になる革命が起きようとしている。

 そこで注目すべきなのは、AIが情報をまとめ作業効率を上げるための技術としてだけでなく、果てしない不安と向き合うための相談相手としても使われているということだ。AIには代替されないと考えられてきた人間の感情をケアする仕事は、実は最もAIが得意な分野なのかもしれないのだ。

佐々木チワワ

00年生。立命館大学大学院社会学研究科応用社会学専攻修士課程。著書に『「ぴえん」という病』(扶桑社新書)、『歌舞伎町に沼る若者たち』(PHP新書)など。
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