陰謀の手応え──擬人の時代について|森脇透青

「ひゅーんと下へ、どこまでも。これって終わりがないのかしら?」。白ウサギを追ってアリスは「ラビット・ホール」に滑り落ちる。長い長い落下ののち、枯れ葉の山のクッションに落ちたアリスは、地下に広がる異世界を見つける──。
しばしば、陰謀論への傾倒は『不思議の国のアリス』の隠喩によって語られる。彼らは、「ラビット・ホール」に落ちて別世界に行ってしまったのだ、と。この「不思議の国」を歩いていくためのガイドマップとして、アメリカのアーティスト、ディラン・ルイス・モンローの描いた《Qウェブ》を挙げておこう[座談会「指先から考える」を参照]。
おそらくあなたも、「ディープ・ステート」や「光の戦士」といった言葉が並び立つ似たような地図を見たことがあるだろう。モンローのこの地図はそれを極端に大きくしたもので、陰謀論的な思考様式が強く表れている。アトランティスからフリーメイソン、ナチス、月面着陸、5G、爬虫類人、現代の金融資本・メディア支配までが同一平面上に置かれ、「すべてが繋がっている」様が描かれた地図。だが、それは近代的な「地図」では明らかにない。そこでは空間性と時間性がきわめて恣意的に並列されており、地図としては破綻しているからだ。それはむしろ、節点と線 からなる一種のグラフ、特殊な「重みづけ」がなされたグラフのようだ。
こうした世界を「荒唐無稽な妄想」の一言で片付けることは簡単だし、実際になされている。だがそのような相対化が滑稽に見えるほど、現代、陰謀論的思考は政治や文化に浸透している。政治家は陰謀論的なスペクタクルを巧みに使い権力を獲得し、インフルエンサーたちはビジネスとして陰謀論を活用する。そのようにして「陰謀」の観念は爆発的に広がっていく。
陰謀論者が「マイノリティ」ではないことは確実だ。そもそも現代は誰にとっても、あらゆる確信が揺らがされる時代である。あの匿名的なアカウント群はbotなのではないか、あるいは、あの画像や動画はディープ・フェイクなのではないか──あらゆる確信が宙吊りにされるとき、すべての出来事の背景に、私たちは不可視の権力の「匂わせ」を嗅ぎとる。疑惑と確信はすぐに手を取り合う。すべてを疑うと称する懐疑とショート動画を鵜呑みにする態度はいつもよろしくやっている。
そうした先鋭化のなかでは、「エビデンス」によって闘うことも、あるいは「ネガティヴ・ケイパビリティ」を要求する営みも、ささやかな力しかもたないように見える。批判は祈りのようなもの、一種の「信仰」に近づく。つまり、彼らが信じるものとは異なるものを私たちは信じるのだ、と。その信仰告白はさらに、すべてが横並びの泥沼──「信じるか信じないかはあなた次第」──に足をとられてしまう……。
このようにして「知ること」と「信じること」の関係に深刻な亀裂が入ってしまった「パラレルワールド」状況を私たちは生きている[★1]。陰謀論とは、複数の世界が並立し衝突するこの「世界戦」を特徴づける、もっとも際立った現象である。
急ぐべきなのは、個々の陰謀論的事象そのものの分析にとどまらない批評の仕事である[★2]。つまり、むしろ陰謀論的思考とそれを生み出している社会状況を分析すること──陰謀論の「概念」を練り上げることだ。陰謀論は、現代を理解するためのひとつの歪んだ鏡である。それは「人間」でも「動物」でもない者たちが蠢く擬人の時代が要請する、必然的な現象なのだ。
1 「ぞっとするもの」のパンデミック
まず「陰謀論」と呼ばれるものについて分析することからはじめよう(第1章)。その分析の途上で私たちは、この概念が「陰謀論者」と呼ばれる一部の人間に固有のものではなく、むしろ現代文化の広範な領域に共有されたひとつの思考様式、ぞっとするものをめぐる思考であることを発見する。陰謀論は現代にはじまったものではないが、しかし同時にきわめて現代的な事象でもある。そしてその後、私たちの考察は、こうした思考様式が発生してくる「環境」、私たちが擬人の時代と呼ぶものについての考察に向かう(第2章)。
あえて要約しておけば、私たちの批評は第1章が「文化論的」に、第2章は「メディア論的」に進む──一種の〈手応え〉が、このふたつのパートを結ぶ蝶番となるだろう。
A 変な世界
陰謀論的な思考の一般的な特徴を描出するために、すぐれた例を挙げよう。ホラー作品『変な家』である。



森脇透青
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