口腔表現のルネサンス──なぜ若者は口で音楽を奏でるのか?|杉村一馬

シェア
2026年3月13日刊行『ゲンロンy』

 

 人類は、歴史上かつてないほど口腔運動が発達した段階にあるのかもしれない。そう感じさせるのが、「ボイスパーカッション」(以下、ボイパ)や「ヒューマンビートボックス」(以下、ビートボックス)と呼ばれる、声や息、口の動きだけで音楽を生み出すパフォーマンスの爆発的な普及である。

 ボイパ奏者やビートボックス奏者は、ドラムセットなどの打楽器をはじめ、エレキギターやベースなどの弦楽器、トランペットやサクソフォンなどの管楽器、シンセサイザーなどの電子音、さらにはサイレンや掃除機の音など環境音までをも発話器官(発声器官と唇、歯、歯茎、口蓋、舌、咽頭などの総称)のみで再現し、それらを組み合わせてパフォーマンスに昇華させる。札幌国際大学教授でビートボックス研究者の河本洋一は、このような「我々が普段使っている言葉の発音としては捉えることのできない、直接的に模倣された音」を「直接的模倣音」と定義している。言語の発音の延長にある擬音語(オノマトペ)と比べて、より直接的で生々しい表現力が特徴だという★1

 奏者たちは、息の強弱、喉や歯の位置、舌や唇のはじき方、声の高さや響かせ方、さらにはマイクとの距離や角度までを複合的に操り、新たな音色を生み出すための探究を日々行なっている。発明した技術を動画プラットフォームに投稿すれば瞬く間に世界中に共有され、やがてそれを基盤に各人の独自性が加わり、さらに新しい音色が誕生する。進化と多様化は加速度的に進み、いまや単なる楽器模倣を超えて「ボイパやビートボックスならではの音色」として受け止められている。

 こうして生まれた音色たちは、聴く者に強い驚きを与える。試しにYouTubeで「ボイパ」「ビートボックス」と検索すれば、とても人間の発話器官を使っているとは信じがたい音の洪水に圧倒されるだろう。数千万〜数億回再生を記録する動画も珍しくなく、「世界的ブーム」と言って過言ではない★2

 では、なぜこのブームが生まれたのか。なぜ現代の若者と共鳴し、爆発的な進化と普及を遂げたのか。それを解き明かすのが本稿の目的だ。とはいえ、その全世界的な機序をすべて明らかにするのは極めて困難であることから、本稿では日本におけるボイパとビートボックスの発展にスポットを当てることで、その根底にある人間の普遍的な欲求に迫り、現代の価値観との接点を考察していきたい。

調和を志向するボイパ

 ここまで筆者は「ボイパ」と「ビートボックス」というふたつの名称を用いてきた。どちらも「声や息、口の動きを使い、歌唱以外を主とする音楽表現」とまとめられ、おそらく一般の人々には同じものとして受け止められているだろう。だが、これらの文化を担うプレイヤーたちは両者を明確に区別しており、本稿を進めるうえでまずはその違いを整理しておきたい。

杉村一馬

88年生。静岡大学情報学部卒業。金沢市内で会社員をしながら休日はボイスパーカッション奏者として活動をしている。ウェブサイト「ボイパ論」を運営。
    コメントを残すにはログインしてください。

    『ゲンロンy 創刊号』

    ピックアップ

    NEWS